生まれた意味(2/16)

あの後、サクはジェイドを自身の執務室へと通した。守護役のシンクが嫌そうな顔をするから、まあまあ…と言って彼を宥めようとしたのに、取り付く島もなくソッポを向かれてしまった。…何故だろう。ここの所、シンクがツン全開なんだけど……私は何か彼に嫌われる様な事をしてしまっただろうか?否、心当たりは…正直なきにしもあらずだけど。本当にマカロンを作ってくれていた時には、デレ期の到来を予感して嬉しさのあまり、瘴気の事も忘れそうになる位、私も舞い上がってたのに……いや、流石にそれは不味かったか。

…話がズレた。シリアスな空気が超振動を起こし掛けていたので、話と私のテンションを一度戻す事にします。



「…そろそろ、本題に入りましょうか」



シンクが紅茶を用意してくれて、私とジェイドの前に出された所で、ジェイドの方も話に本腰を入れてきた。



「サク様の悲報を教団が公に公表しなかったのは、本当は貴女が生きていたから……という理由だけでは無かったのですね」



死の淵より、あたかも神の御業で再臨したかの様に。神聖で神秘的なローレライの使徒として、現代に現れたユリアの再来として、導師サクという存在に、より神聖な印象を与える狙いも御有りだった。そして、先の預言尊守派の暴走を鎮静させ、さらにイオン様の命を"ローレライの力"で救うという演出の結果、敵対していた尊守派の掌握をもやってのけた。導師サクが詠んだ惑星終末預言の信憑性は、疑いようのない物として、彼等には認知された事だろう。これで導師サクの教団内での立場は、もはや完全に確立されたと言える。同時に、彼女から特別視されている導師イオンの安全も、保障されたと見て間違いない。

…お見事です。そうジェイドから称賛されたが、あまり嬉しくはない。決して褒め称えられる様な行いではないからだ。ジェイドが評価しているのも、為政者としての手腕やら人心掌握の術辺りを称賛しているのだろう。胡散臭い笑みを浮かべているジェイドに対して、導師サクもまた、ニコリと微笑む。シンクとはまた違う…どちらかと言うならクロノに近い皮肉だ。

内部分裂していた組織内をまとめ上げた…と言えば大層に聞こえるが、私がやった事はただの宗教詐欺だ。秘預言に詠まれたユリアの再来を体現し、祀り上げさせ、その虚像の信者を作ったに過ぎない。…と、自虐はここまでにしておこうか。話が進まん。



「ここまでが貴女の筋書き通りでした。けれど、瘴気の問題を解決する為の手段が手詰まりなのが現状……と言った所でしょうか」

『…先程の会議でお話しした通り、ですからね』



取り敢えず、後者の瘴気の問題に関してだけは肯定を示しておく。例えジェイドの一連の考察が、私がしてきた事の模範解答であったとしても、非公式の場とはいえ、それを易々と認めて言質を取られる訳にもいかないので。…果てしなく今更な気もするが。ジェイドの方も、まあいいでしょう。なんて言ってるし。

まあ要は、私の今のノリと雰囲気と気分です。



「瘴気の問題に関して、何か他に解決策を講じてはおられないのですか?」

「…預言に頼ってきた次は、サクに盲目的に頼ろうとする訳?」

「あくまで一つの選択肢として、意見をお聞きしたいと思っただけですよ」



シンクの咬みつく様な言葉にも、ジェイドは怯む事無くサラりと返してきた。

ジェイドは預言に依存している人物では無い。預言は便利な道具だという程度の、合理的な思考なんだと思う。そんな彼がこうして預言や、ましてや不確定要素の怪しさ半端ない私に意見を求めているという。藁にも縋る思い、とはこの事か。ジェイドもルークを犠牲にしたくないから、余計に必死になっているのかもしれない。そうでなくても、堅実的な解決策が無いのが現状だ。例えルークを犠牲にした所で、瘴気の問題が綺麗に解決するのかと聞かれれば、その可能性は限りなく低い以上、確かに焦りもする。各言う私も、そうして焦っている一人だ。



「貴女の発想と計画には、我々はいつも出し抜かれてばかりですから。貴女の考えや策はヴァン謡将と同様に、とても興味深い。……注意深い貴女の事です。例え他に考えがあったとしても、あの場で話す様な方ではないでしょう?貴女という人は」



だから、個人的に尋ねる事にしたのです。そう話すジェイドの表情はとても真剣なもので、いつもの飄々とした態度は欠片も無かった。



「貴女の考えを、聞かせて下さい。論理的でなく、空想の段階でも構いません」

『…驚きましたね。論理的な思考の貴方がまさかそんな事を仰るなんて』

「それだけ、危機的現状にあるという事なのでしょう」



ジェイドといい、各国の首脳陣連中といい……私の事を買い被り過ぎじゃないだろうか?実際、そうなるよう仕向けて来たのは私なんだけどね…。いつになく真剣なジェイドに、思わず第二導師の顔を崩せずに対応してしまう位、この場の空気は緊迫していた。…さて、彼にどこまで話していいものやら。



『……此方の予定では、瘴気が発生し始めた頃より、瘴気はローレライを解放する時に手を打とうと計画していたのですが……瘴気の復活の方が格段に早かったんですよね』



これには苦い表情を浮かべてしまう。戦争を回避出来た様に、なるべく早めに行動して、時間を稼いでたつもりだったけれど…なかなかうまくいかないものだ。



『具体的には、ローレライ開放と同時に、開放時のエネルギーと膨大な第七音素を利用して、超振動で瘴気を消そうと考えてたんです。…けれど、現状はそんな猶予は無さそうですね』



ヴァンを地殻から引きずり出さなければ、ローレライの開放は不可能だ。故に、ヴァンが出て来るまで待つ気でいたが……予想以上に瘴気の影響が酷かった。このままでは数日と待たぬ内に、世界は瘴気によって死滅するかもしれない。それ程までに、状況は逼迫しているのだ。



『もう一度地殻に飛び込んでみようかとも考えましたが、流石に私一人でヴァンと相対したくはないですし、ローレライの力を使われたら脅威ですから』



私も命は惜しいので、無理はしません。当然の判断だとジェイドも頷く位だ。いくら私が無茶振りをするとはいえ、今回の様に勝算が低過ぎるのも考えものだ。



「貴女がお手上げと仰る以上、本当にそうなのでしょうね…」



残念ながら、私の返答は彼の満足のいくモノではなかった様だ。まあ、最初に計画してて、不可能故に没になった案件であるのだから、当然の反応ではある。



「…ルークの超振動を使う件、貴女はどうお考えですか?」

『イオンと同じく、反対派です。時間稼ぎにしかなりませんし、何より…ルークにもアッシュにも、私は死んで欲しくありません。けれど…』



言葉を濁したサクに、今度はシンクがぴくりと反応する。サクはその事に気付かないまま、言葉を続けた。



『二人がこの件に承諾し、決行される以上……最悪、私が代わりに代役を引き受ける事も考えてはいます』

「……勝算は、あるのですか?」

『…ジェイドさんも御察しの通り、私は特殊な体質ですから。音素乖離を起こすリスクはまずありません』



マルクトに滞在している期間中、ピオニー陛下のご厚意で傷の治療やら診察…と、色々お世話になった事もあり、その際についでに色々と調べていた筈だ。私が音素を持たない異世界の人間だとまで推察出来なくとも、私がかなり特殊な体質である事位は、通常なら有り得ない血中音素の異常数値の検査結果辺りから、恐らく既にバレているであろう。



『それなら、乖離が確実なルークやアッシュに任せるより、私の方が適任でしょう』



ひょっとしたら、私はこの為に、この世界に来たのではないだろうか。ルークやアッシュが乖離してしまう未来を変えて、本来のシナリオの終末であるローレライの開放まで彼等を保たせる為に。

もしくは、私がこの世界に干渉して道筋を改変してきたせい、かもしれない。なら、この八方塞がりな状況を招いた責任は、やはり私にある。

そう、思っているのに…



「反対だよ」

「私もです」

『…即答ですか。しかも二人揃って』



シンクには反対されるであろう事は分かってたけど……まさか、ジェイドの方からも反対の声が上がるとは、思ってもみなかった。…てっきり、ルーク達の代わりを頼まれるとばかり思ってたんだけど…



「確かに貴女は他人より音素に対して耐性がありますが、かと言って限界はあります。魔界で第七音素の拒絶反応を起こした様に、別のリスクは存在しますよね?」

『…痛い所を突いて来ますね』

「さらに付け加えると、その特殊体質の弊害に…貴女には治癒術が効かない時まである。もしも貴女がまた拒絶反応を起こした時、これにより命の危険が差し迫った時、我々は貴女を助ける事が出来ない可能性が高い」



これには苦い顔をするしかない。しかもアクゼリュスの時には、制御し切れずに実際に倒れてもいる。大事には至らなかったけど、一つ間違えればかなり危うい状態だった。加えて、私には通常の治癒術が効かないというリスクは確かにある。状態や傷の程度にもよるが、大怪我や致命傷は確実に効かない事は、既に実証済みである。



「貴女はもっとご自身の立場を理解するべきです。今、教団にとっても世界にとっても、貴女という存在の影響力はかなり大きいものになっています。今、貴女を失う訳にはいかないのです」



だからこそ、会議の時も私の名前が積極的に上がる事はなかったのだろう。預言という導を失っているこの世界では、ユリアの再来が、かつての預言に次ぐ彼等の心の支えになっているから。自分のしてきた事とはいえ、なんだかなー…と思う。



「確かに貴女は第七音素譜術師として、類稀なる才能をお持ちの様です。ですが、だからといって何でも出来るというのは奢りです。…誰にでも、限界はある」



ジェイドが言うと、言葉に重みが増す。実体験も通しての意見だから尚更か。故に、無碍には出来ない。けど…



『それは、理解しています。私の力が及ばない事なんて、幾らでもありますから』



奇跡染みた方法で助ける事が出来た命もあれば、中には救えなかった命もある。自分が非力なせいで、全力を尽くしても、どうにもならずに。切り捨て、見捨ててしまった時もある。だけど…



『…でも、だからと言って、私はルークやアッシュを見殺しにはしたくありません』



シンクやジェイドが…誰が何と言おうと、ここは譲れない。



『例え瘴気中和作戦をルークやアッシュが承諾したとしても……作戦が実行されるギリギリまで、考えさせて下さい』









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