舞台裏の策略(1/7)

ユリアシティにてキムラスカとマルクトの間で平和条約が締結された後、ルーク達はシェリダンへと向かった。シェリダンとベルケンドの技術者達の協力により、禁書に書かれていた音機関を復元し、地核の振動を打ち消す装置をタルタロスに取り付けたのだ。

改造されたタルタロスと装置の最終調整を終え、タルタロスが置いてあるシェリダン港へ向かおうとしたルーク達だったが…



「…リグレット教官!?」



集会所を出ようとした所で、リグレット達が待ち構えていた。思わずティアが驚きの声を上げるも、対するリグレットは眉一つ動かさなかった。



「スピノザも言っていたが、ベルケンドの研究者どもが逃げ込む先はシェリダンだという噂は本当だったか」

「そこをどけ!」

「お前達を行かせる訳にはいかない。地核を静止状態にされては困る」



ルークが剣に手を掛けるも、リグレットは全く怯まない。そしてリグレットが譜銃を構えるのとほぼ同時に、彼女の後ろに控えていた神託の盾兵達が集会所の周囲をぐるりと囲んだ。



「港も神託の盾騎士団が制圧した。無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」



神託の盾兵達も、各々武器を構えてきた。ルーク達の実力なら、彼等を倒すのは難しくはないが、今は彼等をまともに相手にしている時間はない上、更に厄介な事に六神将が一人、魔弾のリグレットがいる。

タルタロスに取り付けられた譜術障壁が発動していられる時間は百三十時間しかない。技術的な制約により、作戦に掛けられる時間配分はギリギリなのだ。つまり、今のルーク達には……彼等を迎撃している時間は、ない。



「タマラ!やれいっ!」

「あいよっ!」



その時、火炎放射器が火を吹いた。イエモンにけしかけられ、タマラは神託の盾兵に向かって炎を浴びせかける。神託の盾兵達が炎に怯み、逃げ惑う最中、イエモンが腕を突き上げてルーク達を急かした。



「今じゃ!港へ行けぃっ!」

「けど……」

「奴らにタルタロスを沈められたら、あたしらの仕事が無駄になるよ!」

「時間がない!早くせんか!」



イエモン達に怒鳴られるが、ルーク達の足は重い。もしここで自分達が港へ向かえば、彼らがどうなるかは分からない…



「行かせるかっ!?」



右手の銃を射撃しようとリグレットが構えるも、ナタリアの放った矢が銃に刺さり、動きを止められた。リグレットは矢を抜き取りながら、兵士に命令を飛ばす。



「怯むな!狭い街中では、死霊使いといえども譜術を使えない!」

「ジェイド!」

「無理です!味方識別のない一般人が多過ぎる」

『なら、味方識別がしてあれば問題無いでしょ』

「「…!!?」」



兵士の剣を受け止めるのが精一杯のルークやジェイド達の頭上から、そんな聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、



『インディグネイト・ディバイン・ジャッジメント!』

カッ



極めて強力な秘奥義クラスの、しかも広範囲殲滅型の譜術がルーク達の所に落とされた。味方識別により直撃を免れたルーク達が驚く最中、彼等を取り囲んでいた神託の盾兵達が殆んど倒れ伏した。更に驚く事に、神託の盾兵達を取り押さえようとしていた街の人達や、イエモンやタマラ達もルーク達同様、無傷だった。

それを合図に、敵陣が怯んだ所で"彼等"が一斉に動き始めた。ダウンした神託の盾兵達が、別部隊の神託の盾兵達に取り押さえられていく。また、譜術範囲外の別の場所でも、光と轟音に視覚が麻痺し、閃光弾の要領で一同が怯んだ一瞬の隙を突かれた神託の盾兵達が、次々と制圧されていった。



「ど、どうなってんだ!?同じ神託の盾兵達が神託の盾兵達を…!?」

『彼等は第六師団だから、ヴァン側の兵達とは違うよ』

「!サク!?」



集会所の屋根の上から自分達の目の前に飛び降りてきたサクの登場に、ルークが驚きの声を上げた。



『それと、イエモンさん達に譜術ダメージが無いのは、事前に街の人達全員に味方識別を施しておいたから』

「全員って……つーか、さっきの譜術もサクが!?」

『ルーク達が詠唱の時間稼ぎをしてくれたお陰だよ。有り難うね』



そう言って、いつもの調子で笑うサクに色々とツッコミを入れたい所だったが、完全に呆気に取られしまっていたルークには無理だった。キャパオーバーですね分かります。



『街も港も、確かに神託の盾騎士団が制圧したよ。彼等、第六師団がね』

「導師サク……貴様、謀ったな!」

『先に謀られたのはソチラでしょう?』



リグレットを鼻で笑うサク。飛んで火に入る夏の虫。まさに袋の鼠、という訳だ。

まさか、この場で自分達と同じ神託の盾兵達に武器を向けられるとは思ってもみなかったのだろう。しかも、彼等は導師サクの指示の許に動いている。そんな予想外な状況に皆が混乱する中、リグレットが神託の盾兵達を叱責し、自分達の前に立ちはだかるサクへと銃口を向けた。



「怯むな!同じ神託の盾兵であろうと、向かい来る者は皆閣下の敵だ!!」

「その通りですね」

「―――…!!」



リグレットが譜銃の引き金を引こうとした瞬間、横合いから飛び込んで来たフレイルの剣が一閃。しかし、寸での所で太刀筋は避けられ、リグレットはバックステップで回避行動を取りながら、フレイルに向けて発砲。フレイルは追撃の弾丸を剣で薙ぎ払った後、導師サクを守る様にして彼女の前に立った。



「サク様に手出しはさせません」

『フレイル!』



うっわ、今のフレイルめっちゃカッコいいんですけど!こんな状況で空気を読まずにトキめいてしまった。

ていうか、神託の盾兵が導師に銃口を向けるなんて…酷いよリグレット!なんという謀反だ!二年前の続きじゃあるまいに!!



「サク様、お怪我は?」

『大丈夫だよ。有り難う、フレイル。それと……ごめんね』



貴方をお姉さんと戦わせて。そういう含みを込めて謝ると、フレイルからは気にしないで下さい。と返された。この作戦を立てるに当たり、申し訳ない気持ちになる度にもう何度彼に謝った事か。



「私は、サク様には感謝しています。間違いを正せる機会を、私に未来を与えて下さったのは、貴女です」

『フレイル…』

「だから、貴女が私に謝られる必要はありません」



一切の迷いを見せず、そう言い切ったフレイルは、やはり強いのだろう。…いや、強くなった、と言う巾なのだろうか。



「時間がありません。さぁ、早く行って下さい」

「でも、イエモンさん達が…っ」

「あたしら年寄りの事より、やるべき事があるでしょうっ!」

『ルーク、ここはフレイル達に任せて、早く港へ!』

「タマラさん……っ、分かった。フレイル、イエモンさん達を頼む!」

「お任せ下さい!」

「奴らを追え…くっ!」

「行かせませんよ」



サクとルーク達を追おうとしたリグレットだったが、剣を構えたフレイルがその行く手を遮る。他の神託の盾兵達も同様に、他の第六師団員達が固め、更にタマラの火炎放射器による追撃に合い、ルーク達の追跡は叶わなかった。

対峙しながら、リグレットはフレイルの実力を見定めようと瞳を細める。フレイルという神託の盾兵もなかなか出来る相手の様だが、奴等の中で真の脅威は……間違いなく、導師サクだ。

たった一発で何人もの神託の盾兵達を倒した威力もさるものだが、辺りに残る音素の残債量からも、かなり大掛かりな譜術だった事が見受けられる。火炎放射器の方に完全に気を取られていたが、かなり密度の濃い音素が収束させられていたらしい。リグレットは思わず小さく舌打ちした。奴の助力があれば、奴等がタルタロスに辿り着いてしまう可能性が極めて高い。何としてでも導師サクを足止めしておくべきだったか…



「久し振りに会ったかと思えば。神託の盾騎士団ともあろう人間が、主君たる導師から民間人にまでに銃を向けるとは、一体どういう了見なのかねぇ?」

「!お前は……レネス・カンタビレ!」



カンタビレの登場に、リグレットの表情が再び険しいものに変わった。ギリ…と、思わず悔し気に奥軋りを噛む。この男程度なら、多少手こずろうが自分だけでも対処は出来ていただろう。しかし、この場にカンタビレまで現れたとなれば話は別だ。このままでは、閣下からの命令を遂行出来ない!



「是非ともお聞かせ願おうじゃないか、リグレット師団長」



鞘から刀を抜いたカンタビレは、表情に焦りが浮かび始めたリグレットを見据え、彼女とは対称的な余裕とも取れる不敵な笑みを浮かべた。



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