秘預言(4/6)

ギィ…と、重い音と共に通路の扉が開いた。ルークとイオンが、一瞬だが僅かに息を呑む気配が伝わってくる。



「ふむ……誰か話し声が聞こえた気がしたと思ったが……気のせいだったか」



廊下の向こう側から現れたのは、大詠師モースだった。



「それより大詠師モース。先程のお約束は本当でしょうね」



"誰もいない"扉の先の様子を窺うモースの後ろから、もう一人別の声が聞こえた。宙に浮いた一人掛けのソファーに細い足を組んで腰掛け、神経質そうにメガネを直す、その人物。

モースの後ろに伴って来たのは、ディストだった。



「開戦に協力すれば、ネビリム先生のレプリカ情報を……」

「任せておけ。ヴァンから取り上げてやる」



モースが頷くと、ディストは満足そうに唇の端を持ち上げた。



「ならばこの薔薇のディスト、開戦の手段を提案させて頂きましょう」



そんな会話を続けながら、二人は長い階段の廊下を登って行った。その途中、モースが息切れを起こしながらディストのソファーをうらめし気に見ていたのは、見なかった事にしたい。運動しろ。

二人が完全に去ったのを見計らってから、サクは音叉を床から離した。紫色の譜陣の輝きが消えると同時に、何も無かった壁際に突然ルーク達の姿が現れた。



「何だぁ?あいつら、今俺達の前を素通りしてったぞ」

『そういう譜術を使ったからだよ』



ルーク達が目を丸くする中、サクがニヤリと笑う。

モース達が来る直前に皆に両端一列に並んで貰い、短絡化させた簡易詠唱で譜術を発動。第一音素を用いて、相手に此方の存在を認知出来なくなる所謂幻覚を施した訳だ。んでもって、見事に成功しましたとさ。本当に、禁術って便利で面白いのがあるよね。



「今のは……幻覚ですか?」

『まぁ、それと近い効果の譜術です。その場から一歩でも動けば効果は即消えるけど、さっきみたいな急場は凌げます』



ただ、相手が他の六神将だったら厳しかったでしょうけど、と言ってサクはジェイドに苦笑する。ライガ辺りだと気配を殺しても臭いで即アウトだし、レベルの高い譜術士なら見破られる可能性もある。もっとも、その時には別の方法を使ってたよ。当然。

大丈夫だと判断したのは、向こうが此方の気配に気付かなかったから。他の六神将なら少なくとも警戒して、殺気が漏れるなり瞬時に気配を殺すなり、何らかの反応があった筈だ。案の定、相手はモースとディストで、道理で警戒が薄く無防備だった訳だ。

まぁ、その話は置いといて。



「……今の話を聞くと、モースとヴァンはそれぞれ違う目的の為に動いているようですね」



ジェイドが若干嫌そうに言うと、ルークも「ああ」と頷いた。



「なんかディストが自分の目的の為に、二人の間でコウモリになってるって感じだった」

「モースは預言通りに戦争を起こしたいだけ。ではヴァンの目的は?」

「外殻大地を落として人類を消滅させようと……」

「私には、あの人がそんな意味のない殺戮だけを目的にしているようには見えません」



ティアの答えに、ジェイドが首を振った。ジェイド曰く、モースの方が目的が明快なだけに脅威は感じない。との事で。

ミュウが「もう、誰が悪者なのか分かんないですのー」と言ってパタパタ耳を揺らした。そんなミュウの頭をルークが軽く掴み、道具袋の中に突っ込んだ。



「アッシュの奴もよく分からないし、六神将は結局、ヴァン師匠についてるのかそうじゃないかもはっきりしねぇ」

「ディストの目的もよく分かりませんわ」

「分かんないですのー!」



ナタリアの呟きに、ミュウが道具袋から出てこようとしたので、ルークが「お前まで出て来るな」と言って再び袋の中へとミュウを押し込んだ。道具袋からはミュウ〜…という寂しそうな声が聞こえる。



「結局、目的がはっきりしてるのはモースだけですね…」



音叉を握り締めながら、イオンが悲し気に呟いた。



「……自分が不甲斐ないです。僕は導師失格かもしれませんね」

『!イオン…?』

「こうなったのは僕が無力だからです。もっと統率力があれば……。やはり、僕は……」

『イ…「イオン様!」



…タイミング良くアニスに遮られてしまった。いや、別に良いんだけども。僅かに驚いた表情を浮かべるイオンに、つかつかと詰め寄るアニス。



「悪いのは勝手をしてるモース様でしょ!?なんでそうイオン様は人が良いんですか!!」



ずびしっ!とアニスが怒ってイオンを指差した。…お説教モードのアニスだ。



「今、私達は世界を救う為に!戦争を起こさない為に!ここにいるんじゃないですかっ!!もしイオン様がモース様みたいに平和を尊ばれてなかったら、今ここに私達は誰もいませんよ!?」

「アニス……」

「あ…あのさイオン。ずっと言わなくちゃって思ってたんだけど…」



アニスに次いで、ルークが少し気まずそうに眉を寄せながら……意を決して、改めてイオンに向き直った。



「いつだったかは…酷い事言ってごめん。俺――イオンのこと、いなくていいなんて思ってねぇから!!」

「ルーク…」

「そうさ。皆の力でここまで来たんだろ?」

「誰が欠けても、今私達はここにいませんのよ」



ガイとナタリアにまでそう諭され、ほらねっ?と、アニスからも気遣わし気な表情で見詰められ、イオンの瞳が大きく揺らいだ。



「…そうですね。そうでしたね」



一度目を閉じて、皆の言葉を噛み締めるイオン。



「有り難う…皆さん」



分かれば良いんです!と腕を組むアニスに、イオンは笑った。今にも泣いてしまいそうな、けれどとても嬉しそうな、そんな笑顔で。



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