世界を駆ける(1/9) ティーカップに砂糖を二掬い加え、専用のスプーンでくるくると溶かし回す。淹れたての高級茶葉の香りにほっと安らぎを覚えつつ、カップを乗せたソーサーを手に取り、カップを口へと静かに運ぶ。 『(美味しい…)』 うらやかな昼下がりを彷彿とさせる、穏やかな一時。つい数ヶ月前までは、こんな風にお茶を楽しむ時間もあったのになぁ……なんて、過去を思い出していたら、そのお茶の相手であった彼の事を思い出して、また、チクリと胸が痛んだ。 テオルの森でシンク達と邂逅した日から、既に数日が経った。 シンクには、心配させちゃったよなぁ。あんなに冷静さを欠いた彼を見たのは、本当に久しぶりだった気がする。表情は仮面に隠されて見えなかったけど、かなり驚いてた様子だったし……何だか心配だ。 「そんなに心配しなくても大丈夫だって。ジェイドなら…否、アイツらなら上手くやってくれるさ」 『それは、私もそう思うのですが……』 どうやら表情に出ていた様で、ピオニーに苦笑されて、私は言葉を濁した。微妙に心配の対象が違うのだが、訂正すると非常にややこしい事になるんで。 ちなみに私の現在地。皇帝陛下の私室にお邪魔しております。いやね、ちゃんと私にと宛がわれた客室もありますよ?けど、ピオニー陛下が何度も訪室されるので、フリングス少将から執務中の陛下の見張りを頼まれたんです。 ジェイドからも、サク様が城にいる間は、ついでに陛下の面倒を見て頂けると大変助かります、なんて出発前に真顔で言われもしたし。まさか、本当にこうして見張りをやる羽目になるとは流石に思ってなかったけど。 「なぁサク、ちょっと位…」 『今机に乗ってる分の書類を片付けられてからです』 「ちぇっ。あと30分は掛かるじゃねーか」 『………分かりました。じゃあ、10分だけですよ』 「お、本当か!?案外言ってみるもんだな」 ……何だか、私が教団で執務をこなしていた時と立場が逆転してる気がしないでもない。いつもは私が執務をサボらないようシンクに見張られる立場だったのに……うん。でもまぁ、シンクの苦労は少し分かったよ。確かに毎回ため息をつきたくなる気持ちとか。 『(………って、またシンクの事考えちゃってるし…何コレ病気?いくらなんでも過保護過ぎるよ自分!!)』 「………サク、本当に大丈夫か?」 『……大丈夫じゃないかもしれません』 ある意味重症だよ、私。まぁ元の世界ではもっと色々と重症だったけど……と、そんな私情はさておき。 ピオニーじゃないけど、ずっと執務室にいるのも確かに息が詰まるよね。って言っても、此処は陛下の私室な上に、今は執務をしている訳でもなく、陛下の見張り兼お茶の相手をしてるだけなんだど。 『何もせずに保護して頂いているのも、なかなかシンドイものですね…』 「確かに。こんな時に何もする事がないと、考え事が増えるだけだしな」 向かいのソファーにどっかりと腰掛けたピオニー陛下が、早速クッキーを摘まんでいった。 そう。何がシンドイって、ここにいても何もする事がないんだよっ!保護されてる身の上で街へ遊びに行く訳にもいかず、仕方ないから借りてる部屋の掃除でも始めようものなら城のメイドに「私供が致しますから!」と懇願されるし。それこそ本当に、陛下を見張る位かお茶をするか位しか出来る事が無いのだ。 『怪我も治ったから、もう出歩いても大丈夫なのに…』 「そうむくれるなって。ジェイドもお前の事を心配してんだからさ」 ピオニーにたしなめられ、むー…と小さく唸りながら、ピオニーのブウサギを弄る。 確かに、怪我の方は完治させた。ルーク達がセントビナーへと向かった直ぐ後にね。やっぱり傷痕は残ったけど、もう痛みはないし、貧血の方もよくなったしで、取り敢えず今はもういつもの調子を取り戻しています。 それでも私が今も保護されている理由は、私(導師)が六神将に狙われているから。…なーんて理由は、ぶっちゃけ聞こえの良い建前にしか過ぎない。 保護なんて名目上なだけで、実際はただの監視だ。それ位は私にも分かる。本当に、ジェイドは用心深いというか疑い深いというか……あぁ、その両方か。 そんな折、この部屋の扉をノックする音が室内に響いた。ピオニーが許可を出すと、室内に入って来たのはフリングス少将だった。 「ご報告申し上げます。導師サクの使いの者と名乗る一人の神託の盾兵が、導師サクの引き渡しを願い出ております」 『!その人、フレイルって名乗ってませんでしたか?』 「はい。確かに、そのように名乗ってみえましたが…」 フリングス少将が、少し驚いた様子で私の方を見る。ピオニーの方も、私の反応に少なからず驚いているようだ。 「サクの部下なのか?」 『予定通りなので、恐らく本物だと思います』 サクの笑顔を見て、ピオニーはやっぱりな…と内心思った。コイツが大人しく待ってる様な奴じゃないとは思っていたが……成る程、そういう事か。最初から自分の部下をここに直接迎えに来させる予定で、彼女は保護を受けていたのだ。道理で大人しくジェイド達を見送った訳だ。 『では陛下、私も今からセントビナーへ行って参ります!』 「そう言い出すと思ったよ。ま、もう止めたりはしないが、また怪我をするような無茶だけはするなよ」 『お心遣い、感謝致します!』 止めたりはしない。サクのこの満面の笑みを見て、彼女を止めるのは無理だと、ピオニーは早急に悟ったからだ。 コイツを敵に回さずに済んで良かったと、改めて思うマルクトの皇帝陛下であった。 *前 | 戻 | 次#
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