消えない傷(2/11)

マルクト帝国の首都、グランコクマ。豊かな水源の上に築かれた都は、幾つもの支柱に支えられている。家々の白い石材に青い屋根が映えて、美しい街並みが広がっている。特に滝の様に流れ落ちる水の城壁が綺麗だ…と、以前来た時には思ったけど、今回は…



『(……寒っ…)』



ティアに背負われながら、サクは密かに身震いした。次いで、傷口がジクリと痛み、表情を顰める。正直言うと、今の自分にはじっくり街の情景を眺める余裕は無さそうだ。

あの後、マルクト兵達に囲まれたルーク達は、不審人物として彼等に連行される事になった。ちなみに、シンク達は上手く逃げ切れた様でサクは内心ホッとしていたりする。



「フリングス少将!」



街の入り口に着くと、マルクト軍の将軍……フリングス少将が、兵を従えて待ち構えていた。少将に対し、ルーク達を連行した二人の兵士は驚きながらも即座に敬礼する。



「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」

「はっ!」



フリングス少将の言葉に、マルクト兵達が一礼して下がる。そしてフリングス少将は、改めてルーク達を見やる。



「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の」

「どうして俺のことを……!」



ガイを肩にぶら下げるようにして支えたまま驚くルークに、フリングス少将は表情を和らげる。



「ジェイド大佐から、あなた方をテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれました」



その前に森へ入られたようですが……と、フリングス少将に苦笑されてしまった。どうやらジェイドから粗方の事情は聞いているらしく、先程の兵士達程風当たりは強くない。が、だからといって、彼が警戒を解いている訳ではない事は、隙の無さからも分かる。若いながらに、なかなか優秀な逸材だ。



「すみません。マルクトの方が殺されていたものですから、このままでは危険だと思って……」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方です」



頭を下げるティアに、フリングス少将は首を振った。



「ただ、騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせていただきます」

「そんなのはいいよ!それよかガイが!仲間が倒れちまって……サクも怪我を…」

「サク…?」



ルークの訴えにフリングス少将は眉を潜めると、ガイの状態を確認し、続いてティアの背に隠れるようにして背負われていた第二導師の姿に気付くと、サッと表情が変わった。

一応、フリングス少将とは面識がある。以前ピオニー皇帝陛下と謁見した時に謁見の場にいたし。とはいえ、直接話すのは初めてになるのかな。



『あの、私の方は大丈夫です。傷は塞ぎましたから……今は私より、あちらの彼の方が危険な状態です』



顔色を若干青冷めさせたフリングス少将に慌ててそう言いながら、視線をガイへと向ける。ルークの肩に担がれているガイに意識はなく、ぐったりとしている。イオンが事情を説明する。



「彼はカースロットに掛けられています。――しかも、抵抗できないほど深く冒されたようです。どこか安静に出来る場所を貸して下されば、僕が解呪します」

「お前、これを何とか出来るのか?」

「というより、僕かサクにしか解けないでしょう」



ルークが驚くと、イオンは幾らか神妙な面持ちで頷いた。その声には、僅かな強張りが含まれている。



「これは本来、導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから」



………。気付いちゃったかな、イオン。シンクの正体に。

二人の事を考えたら何となく気まずく感じて、サクはティアの背にそっと顔を埋めた。



「分かりました。城下に宿を取らせましょう。しかし陛下への謁見が……」

「皇帝陛下には、いずれ別の機会にお目にかかります。今は二人の方が心配です」



再び顔を上げると、確認を取る様な視線をイオンに向けられ、サクは申し訳なく思いつつイオンに頷いた。



『すみませんフリングス少将』

「お気に為さらないで下さい。それより、今は傷の治療を優先しましょう」

『有り難う御座います……』



陛下への謁見を後回しにして貰うなんて、本来なら不敬罪に値する所だよ……申し訳ないとかいう次元の問題じゃない。

とはいえ、流石にこんな格好でピオニーと謁見するのも無理があるよな……とは思う。本来白い筈の法衣は血に濡れて赤黒い染みが滲んでいて、その上背中が大きく裂けてしまっている。例え陛下の御前まで気力で行けたとしても、この格好はない。



「カースロットの解呪は僕がします。ルークはサクに付いててあげて下さい」

「……頼むよ、イオン」



宿に着いた時、本当はガイの傍についていたい心境だろうに、ルークは大人しくイオンの言葉に頷いていた。…私が怪我した事に対して、自分のせいだと負い目を感じているのかもしれない。



「サクも、今は少しでも休んで下さい」

『うん……有り難うイオン』



本当なら、身体の弱いイオンより私が解呪を行った方が良いのだが……今の状態では致し方ない。それに、イオンだって、ダアト式譜術を扱える導師なのだ。そんなイオンに謝るのも何だか違う気がして、止めた。ここは謝るんじゃなくて、イオンの気遣いに感謝する所だ。



『その代わり、カースロットの説明は…私からルークにするから』

「……分かりました」



私とイオンの会話にルークは首を傾げていたが、イオン達と別の部屋に案内される際には、彼は何も言わずに此方に来てくれた。かなりガイを心配してる様子だったけど。



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