消えない傷(4/11)


「(ガイが俺を憎んでるなんて……今までそんな素振り、見せなかったのに……)」



ルークは部屋を出た所でフリングス少将に呼び止められるも、それを振り払って走り出していた。

衝動的に逃げ出したルークだったが、宿から出て直ぐの所で失速する。ほんの一区画も進んでいないのに、痛くてもう走れなかった。歩けすらしなかった。

ガイは俺を殺したい程憎んでいた。その否定しようのない事実からは、どう足掻いても逃げられなかった。



「(ガキの頃、何かあったのかもしれないけど、もし……殺したい程の事があったなら、その機会は今まで沢山あった……。だけどあいつは俺を助けてくれてた……なのに何で……)」



足を止め、欄干に寄り掛かった。胸が痛い。心臓も痛い。レプリカの癖に、普通の人間と同じように痛いって感じるなんてな……

口許だけが自嘲気に歪むも、それ以上は笑えなかった。



「……付いてくんな」



後ろに聞き慣れた靴音と、小さな足音が聞こえた。振り替えらなくても、誰かは分かった。



「約束したわ。あなたを見ているって」

「ボクは、ご主人様に付いて行くですの」



背を向けたまま拒絶したルークに、ティアとミュウの声が返ってくる。



「……ほっといてくれ!」



ルークは欄干を殴りつけ、思わず声を荒げた。ビクリとミュウがその小さな身体を震わせたが、しかし、そこから立ち去ろうとはしない。そして、ティアも引かなかった。



「……放っておいたら、あなた勝手な事考えそうだから」



カッとなったルークは、勢いよく振り返り、ティアの言葉に食って掛かった。



「勝手な事って何だよ!」

「ガイは自分の事を憎んでるって」

「だって憎んでるんだろ。だから……」



ルークが言い返すと、ティアはあきれた表情になった。



「あなた馬鹿?」

「なんだと!」

「自分が、ほんの少しの悪意も受けることのない人間だと思っているの?」

「……そういう訳じゃ」



正論と共にティアに睨み付けられ、ルークの声は再び勢いを失い、肩も力なく落ちた。



「ガイだって人間だもの。きっと今まであなたに仕えていて、カッとなる事もあったと思うわ。でも、彼はあなたを迎えに来た」

「そうかもしれないけどよ……」

「ガイはあなたの事……殺したい程憎んだ時期があった。それでもあなたが立ち直ると信じてくれたんだわ。そうでしょう」



ルークはうつむき、欄干の向こうの青い海を見詰めた。ゆっくりとたゆたう水面に、情けない表情をした自分の顔が映っている。

そうだ。ガイは、迎えに来てくれた。俺を、迎えに来てくれたじゃないか。

アラミス湧水洞で自分を待っているガイを見付けた時の嬉しさを、ルークは思い出した。本物のアッシュでもない、許される筈のない恐ろしい間違いを犯したレプリカの自分を、ガイは受け入れてくれたのではなかったか――?

考えがそこに至った所で、うつ向いていた顔を上げて、ルークは自嘲した。



「……お前、ホントキツイ言い方しかしないよな」

「え……?」



苦笑して言うと、ティアの顔がキョトンとした表情になった。本気で気付いていなかったんだな…と思うと、何だか可笑しく思えて。つい先程まで無理矢理笑おうとした時とは違って、ごく自然に苦笑が溢れてしまう。



「慰めてくれようとしたのは分かったけど、それじゃあ、こっちは余計傷つくだろ」

「!……ご、ごめんなさい。そう……きつかったのね……」



ティアの声が小さくなり、今度は彼女が視線を俯かせた。自分の思いと態度の矛盾を恥じているのか、ショックを受けているのか。

失敗に落ち込む子供の様な一面を見せたティアを前に、ルークは少しだけ…以前よりも彼女の事が分かってきた気がした。

俺も不器用だけど、ティアも大概不器用なんだ。

以前の自分なら、こんな風に他人の事を分かろうともしなかっただろう。否、そんな事、思いすらしなかった。

……きっと最初から、ティアはそうだったのだろう。厳しい言葉や態度の裏には、彼女の不器用な優しさがあって。なのに、自分はそんな彼女の表面しか見えてなくて、本当の思いに気付けなかった。

こんなにも、彼女は俺の事を見てくれていたのに。



「でも……俺、へたれだからな。それ位言って貰った方が良いのかも」

「……ルーク……」



ティアが視線を上げると、ルークは照れ臭そうに頭を掻いた。その笑顔に、もう曇りは無い。



「馬鹿だな、俺。落ち込んでる暇はないんだった。皇帝に会わないとな」



ルークは足元に目を落とした。そこにいるのは、ミュウだ。



「ミュウも……ありがとう」

「いいんですの!」



嬉しそうに大きな袋状の耳を揺らすミュウに、ルークは笑みを浮かべた。

そんな二人と一匹から、少し離れた街角の死角に……彼らはいた。



「導師サク……こんな覗き見をしてしまって、よろしいのでしょうか」

『フリングス少将、こういうのはバレなきゃいいんですよ♪』

「そそ。バレなきゃな」

「ですが……て、え?『陛下!?』」



二人の間からひょっこり顔を覗かせたピオニーに、予想外な展開にサクが固まる一方で、フリングス少将は慌ててその場で敬礼を取った。反応早いなアスラン!対するピオニーは、そんなに畏まんなって!と実に軽い調子で笑っている。



「探したぜサク!怪我したっていうから見舞いに来てみれば宿にはいねぇしさ」

『だからってこの大変な時期に城から抜け出されて、もしジェイドにでも見付かったら…』

「それこそ、見付からなければ問題無いのでは?」

「そうそ……って、やべ、」

『(その子安ボイスは!!?)』



恐る恐る振り返った三人の視線の先。バックではブリザードが吹き荒れ、見る者を畏怖させる笑顔を貼り付けたジェイド・カーティス大佐が立っていた。



「此処では何です。場所を移しましょう」



絶対に逃がすまいと、ジェイドにガッチリと肩を掴まれた私と陛下に、拒否権は無かった。



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