崩壊の音色(3/6)

アクゼリュスの街の人達の避難は終わった。

あとはルークが超振動でセフィロトを消すタイミングに合わせて私も超振動……正確には第七音素を放ち、周囲で疑似超振動を起こさせて、坑道内に取り残されているアクゼリュスの人々を安全な場所に飛ばす。

私がコントロールに失敗すれば、アクゼリュスの人々は超振動で消える。もしくは崩落で死ぬ。

体力的にも既に限界が近いし、今回は距離がある分、本当に私に出来るかすら分からない。でも、弱音なんて吐けない。なんとしてもやらなければ、全員死んでしまうのだから。

少しでも、ルークの背負う罪を軽くしてあげたい。ただ、それだけ。



『(!もう解咒されてる…!!)』



シルフの加護を纏った状態で、走るスピードは落とさずに、セフィロトの扉を抜け、更にその先へと進んで行く。眼前にパッセージリングを捉え、初めて目の当たりにしたその実物に一瞬感嘆した後……操作盤の近くにルーク達がいる姿を捉え、サクは息を呑んだ。



『ルークっ!!』

「!誰だ…?」

「大丈夫だルーク。そのまま続けなさい」

「はい…っ」



ヴァンはルークに構わず意識を集中するように促している。ルークの手には既に第七音素と思われる光が収束していて、いつ超振動を発動されても可笑しくない状態だった。

と、私の声に此方を見上げたヴァンと目が合った。フッ…と、彼は不敵な笑みを浮かべてた。

ドクリ、と心臓が一際大きく跳ねる。

不味い。サクはバッ、と勢いに任せてその場からイオン達がいる場所目掛けて飛び降りた。ぶっちゃけ羽根はあっても飛んだ事は無かったから、飛べない可能性とか不安とか色々あったんだけど……人間、死ぬ気になれば何とかなる様だ。



ダンッ!!

『〜〜〜っ!』

「!サクっ!!」



イオンの目の前に上空から見事着地に成功。イオンとミュウが驚きに目を見開いている。焦ったせいで落下の勢いを殺しきれなくて、足が痺れたけど、そんな悠長な事を言ってる暇はなかった。



「さあ……【愚かなレプリカルーク】。力を解放するのだ」

『伏せてイオン!!』

カッ



サクの譜術防壁が展開されたのと、ルークの超振動が発動されたのは、ほぼ同時だった。風圧をやり過ごすと、パリンッ…という何かが割れる音がした。目を開けると、もうパッセージリングは消滅した後で。

突如、ぐらり、と目眩がして視界が回った。ヤバいと思いつつ、ガクリと膝をつくも、そのまま身体を支えられずに倒れ込んでしまった。

ほとんど間を置かずにグラグラと大地が揺れ始め、周囲の壁にヒビが走る。集中が切れて、音素の羽根も霧散して消えた。何とか意識だけは保ったけど…ダメだ、身体が動かない。



「サクっ!!」



心配したイオンが地震によろけながら駆け寄るも、思うように返事を返すのも儘ならない。そんな私の前に、コツリ…ともう一つの足音が近付く。



「止められなかったようだな、異世界の者よ」



クツリ、と声の主は笑う。視線だけを仰ぐと、やはり髭だった。しかも、いつもの柔和な表情ではなく、極悪人面をした。



「ルークに余計な入れ知恵をしたのはお前だな?」

『余計なんかじゃない…全部、必要な物…だよ』



スラリ、と剣が鞘から抜かれる音がして、イオンが息を飲んだのが気配で分かった。どうやら髭は邪魔者を始末する気らしい。



「ヴァン!?何を…」

「死にたくなければ、そこを退け。導師イオン」



うわ、イオンへの敬語すら外れてるし。どうやらヴァンは本気の様だ。…どうしょう。体力は既に限界を超えてるし、髭から逃げる気力すら、もう残ってはいない。

震えが止まらない手で音叉に手を伸ばそうとしていた時、ガキィンッ!と金属同士がぶつかり合う音がした。



「てめぇ、本気でコイツに剣を向けて、一体どういうつもりだ!」

「アッシュ!何故ここにいる!来るなと言った筈だ!」

『……ア、シュ…?』



再び視線を上げると、私とイオンを庇う様にして(実際に庇われてるのだが)、アッシュがヴァンの剣を己の剣で受け止めている背中が見えた。どうやら間一髪の所で、アッシュに助けられた様だ。



「……残念だったな。俺だけじゃない。あんたが助けようとしてた妹も連れてきてやったぜ!」

「イオン様!サク様っ!!」



アニスの悲鳴に似た声が響く。アッシュの後を追ってきたのだろう。他にも、入り口にティア、ジェイド、ガイ、ナタリアも到着していた。

彼等と崩れ始めた周囲に目をやり、ヴァンは厳しい表情になると、指笛で二体のグリフィンを呼び寄せた。急下降してきた一頭にヴァンが飛び乗り、もう一頭にはアッシュがくわえられて上空に舞い上がった。



「……放せ!俺もここで朽ちる!」

「イオンを救うつもりだったが、仕方がない。お前を失う訳にはいかぬ」



アッシュは自由な左手で抵抗するも、グリフィンの嘴が開く事はなかった。



「イオン様!ご無事ですか!?サク様は…っ」

「僕は大丈夫です。けれど、サクが…」

「兄さん!やっぱり裏切ったのね!」



アニスが顔を真っ青にして傍に駆け寄って来る中、ティアの泣きそうな叫び声が聞こえてきた。



「この外郭大地を存続させるって言っていたじゃない!此れじゃあアクゼリュスの人もタルタロスにいる神託の盾も、みんな死んでしまうわ!」

「……メシュティアリカ。お前にもいずれわかる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが。それを見届ける為にも……お前にだけは生きていて欲しい。お前には譜歌がある。それで……」



ヴァンはグリフィンの腹を蹴ると、暴れるアッシュを掴んだままのもう一頭とともに、崩れた天井の隙間から空へと退避していった。



「不味い!坑道が潰れます!」

「私の傍に!……早く!」



ジェイドとティアの声がして、ルークを抱えたガイが此方に走ってくる姿が見えた。



『……て…』

「!サク?」

『ま、だ…っ…』



私の肩を支えてくれていたイオンが、私の声に気付いた。けれど、私の声はそれ以上言葉にはならなかった。

ティアが詠い始めた譜歌を耳にしながら、サクの意識はここで途切れた。



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