ローレライ大祭(4/7) クソッ、またアイツにやられた。 『私に勝つには、百年程早いかもしれませんね』 「この…屑、が……」 遠退いていく意識の中、アッシュが最後に見たのは気に入らないアイツの不敵な笑みだった。 アイツとは、以前喧嘩を売られて買ったら見事な迄に負かされた、例の導師守護役の事だ。あんなしたっぱの兵達の前で無様な醜態を晒す事になるとは……今思い出しても腹が立つ。 あれから何度か教団内で奴の姿を見掛ける度に、俺は奴に勝負を挑んだ。あんな奴に負けたままでいる等、俺のプライドが許さなかったからだ。そんな俺に対し、アイツは毎回その申し出を笑顔で引き受け、その度返り討ちにしてきやがる。 特務師団の師団長を担う俺が、たかが導師守護役…ましてや女に遅れを取るなど、無様過ぎてヴァンにも言えやしねぇ。 一応、自分でアイツの事を調べてみたりもした。けれど、神託の盾騎士団には該当する導師守護役はいなかった。 アイツは本当に導師守護役なのか。それとも…… 「ぅ……っ、…?」 『あ、起きた?』 意識を取り戻した俺の視界にまず最初に飛び込んできた黒髪に、一瞬あの女かと思ったが……よく見れば、ソイツはあの第二導師だったから驚いた。いや、驚いたのはそこじゃない。顔が近いんだよっ!! 『もう起きても大丈夫なの?』 「問題ねぇ」 ガバッ、と起き上がってからアッシュは気付く。自分は訓練場にある長椅子にただ寝かされていただけではなく、あろうことか導師サクに膝枕をされていたのだ。何が問題ねぇだ。導師にひ、膝枕をさせるなど……問題あるじゃねーか!! 『まだ横になってた方が良いんじゃない?顔も赤いし』 「い、いや、必要ない」 一応回復術は掛けたんだけど……と首を傾げる導師サク。どうやら俺の動揺は悟られていない様で、内心少しだけほっとする。 『そもそも、アッシュはどうしてここに倒れてたの?』 「?ここに倒れて……!仮面付けた導師守護役は!?」 『仮面…?シンクの事?』 「違う。女の奴だ」 『さぁ……私が通り掛かった時には、アッシュしかいなかったけど…』 アイツにやられた事を思い出し、辺りを見回すもやはりアイツは既に居なくなっていた。どうやら今回もまた、奴に逃げられた様だ。クソッ、いつも勝ち逃げしやがって……! 『……眉間にシワ寄ってるぞ、アッシュ』 「うるせぇ。…それより、導師のお前が何故こんな所にいやがる」 『近くの森で訓練してるシンクに差し入れを持って行こうとして、偶々ここを通り掛かったの。あ、良かったらアッシュも食べる?』 「いや、俺は必要無…『はい隙あり』…もがっ!?」 いきなりズボッと口に何かを入れられた。押し付けられた物から甘い香りと、口内には甘いお菓子の味が広がる。 『手作りのマドレーヌだよ。甘い物は嫌いだった?』 「いや、嫌いではないが……って、そういう問題じゃねぇだろ!!」 『良かった。苦手だったらどうしようかと思ったよ』 「だから……っ!チッ」 文句の一つでも言ってやろうと思ったアッシュだったが、それは導師サクの嬉しそうな笑顔を見た瞬間に引っ込んでしまった。一体何なんだコイツは。この前の時といい、今回といい、妙に俺に絡んできやがる。 舌打ちしてから導師サクから視線を反らし、アッシュは口にくわえさせられていたマドレーヌを手に取った。味は悪くない。むしろ、美味い方だと思う。 それにしても、マドレーヌ……か。屋敷にいた頃は、お茶の時間によく出された物だ。久しく口にしていなかった味に、思わず懐かしさを感じてしまう。 『もし良かったらさ、アッシュの好きな物教えてよ。今度何か作ってくるからさ』 「………チキン」 『うん。了解』 クスリ、と笑った導師サクを見て、ハッと我に返るも時既に遅し。俺は馬鹿か。何を素直に導師に食の好みなんて話しているんだ…! 『前に、アッシュにお願いしたよね。アリエッタとシンクの事』 「あ、ああ…」 今度はいきなり何を言い出すのかと思えば。自身のらしくない失態に後悔していたアッシュがふと顔を上げると、先程まで笑っていた筈の導師サクが、何処か真剣な表情をしていた。その事に少し驚きながらも、アッシュは取り敢えず話を聞いてみる事にした。 『二人ともアッシュと同じ六神将で、立場的にも上司に当たるから、人間関係が難しくてさ…』 他にも理由は色々あるんだけどね、と導師は苦笑する。何となく、分からない話ではない。アッシュ自身にも、他者に明かせない身の上があったり、特務師団という隠密部隊に所属している事もあり、教団内での人間関係は部下と上司という上下関係位しかない。六神将の制約もある。 六神将であるアリエッタやシンクも、似たような事情があるのだろう。その事を、この導師は気にしていたのか。 『特にシンクって皮肉屋だし、結構他人に素っ気ない所もあるけど、根は優しい子だからさ。それなりに……仲良くしてあげてね』 「……そういう事か」 どうやらアッシュは私が言いたかった事を漸く理解してくれたらしい。どちらにしろ、無理な注文である事に変わりはないのだけれど。 六神将は互いの過去に干渉しない。必然的に、不必要な馴れ合いもしないのだろう。いや、それ以前にシンクの性格を考えると難しそうだ。アリエッタならまだしも。 『…じゃあ、私はもうそろそろ行くね』 「!そうか」 アッシュからの返事は待たずに、サクはバスケットを片手に立ち上がった。無理なお願いって事は承知の上だからね。それに、そろそろシンクの所に行かないとシンクが拗ねるかもしれないし。 「手間を掛けたな」 『そんな事ないよ。今度機会があれば、アッシュのリクエストに応えた差し入れも用意するからね』 こんな風に、誰かから笑顔を向けられたのは、本当に久し振りの事かもしれない。バスケットを抱えて、アッシュに手を振りながら森へと向かった導師サクを見送りながら、アッシュは自分でも気付かずにフッと笑みを浮かべていた。 ……いやいやちょっと待て。護衛がいるだろう?と一瞬疑問に思ったアッシュだったが、周りに怪しい気配も無いし、向かった先の森は教団の私有地でもある。故に、一人でふらついていても大丈夫だろうと結論付けたのだった。 そして、この時アッシュは気付いていなかった。導師サクが手にしていたバスケットが、先程の導師守護役が持っていた物と同じだった事に。 *前 | 戻 | 次#
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