世界一危険なお茶会(3/7)

私がまだジゼルであった頃。導師サクについては、よくマルセルから話を聞く事があった。

雲の上の人だと思っていた御方が、以前助けた自分の事を覚えていて下さった事、自分の姿を見掛けてわざわざ声を掛けて下さった事。一介の兵である自分なんかの心配までして下さった事、等々。

誇らし気に、けれど何処か照れくさそうに話すマルセルを見ていて、直ぐに分かった。弟が、導師サクに好意を持っている事に。

とはいえ、一端の兵士が導師に好意を寄せるなど、どう考えても身分違いだ。マルセル自身もその事は理解していた為、私からは何も言いはしなかったが。

だがしかし、姉として……相手に想いを告げる事さえ叶わない弟の恋に、正直歯痒く思う所もあった。

導師サクは、そんな弟の気持ちに気付いていたのだろうか。



「姉さん。俺、導師様に必ず帰って来いって言われたんだ」



マルセルがケセドニア北部戦に出兵する前の晩に、弟からそんな話を聞いた。



「でも、ヴァン総長はこの戦に俺達が赴く事で、教団が大きく変わる事になるんだって。俺達の活躍が新しい希望になるだろうって、仰られたんだ」



だから自分は行くのだと、マルセルは誇らし気に笑った。必ず帰ると、約束したから。

何故、あの時私は弟を止めなかったのか。何の疑いも持たず、預言を信じていたあの時の自分は今でも憎い。

ヴァンへの奇襲は失敗に終わったが、私はまだ復讐を諦めてはいなかった。私はヴァン同様……導師サクも殺すつもりでいた。マルセルには悪いが、あの女も同罪だ。弟が死ぬ事を知っていながら、戦場へと送り出したのだから。

ヴァンの副官にされてから暫く後……再び好機は訪れた。

その日、導師サクは無防備にも、人気の無い廊下を一人で歩いていた。

フードを深く被り、携帯していたナイフを握り締める。導師守護役が外れている、今が好機だと思った。

復讐さえ果たせれば、自分の正体がバレようが、別に構わなかった。あわよくば、副官が謀反を企てた事で首席総長が失脚でもすれば良いと、思う程度で。

私は空き部屋で待ち伏せをし、導師サクが部屋の前を通り掛かった所で、あっさりと彼女を部屋の中へと引きずり込む事が出来た。

抵抗はなかった。否、自身が置かれている状況を理解出来ていないのかもしれない。

軍人として日頃から鍛えている護る側の自分と、デスクワークしかしない護られる側の者との違いだろう。下手をしたら、自分が襲われるかもしれないという危機感すら持っていないのかもしれない。



「動くな」



導師の口を塞いでいた手を外し、代わりにナイフを首筋に当ててやる。抵抗をすればこのまま斬ると、脅して。



「弟の仇を、討たせて貰う」

『……弟…?』



言葉にならなかった。訝し気な表情で首を傾げた彼女の反応が、リグレットの感情を更に逆撫した。



「貴様を助けて昇進し、貴様達が負け戦に送り込んだマルセル・オスローだ!!」

『…!』



弟の名前を出したら漸く気付いたのか、導師サクの表情が変わった。嗚呼、やはりコイツも"グル"だったのか。リグレットが抱いていた淡い期待は、見事に打ち砕かれた。弟はヴァン・グランツだけでなく、導師サクにまで騙されていたというのか。



「貴様の事を慕っていたマルセルを、お前は…お前達は…!!」

『マルセルは、私に約束してくれました。…必ず、帰って来ると』

「……!」



リグレットは一瞬虚を突かれた。もっと取り乱し、言い訳か命乞い程度しかしてこないだろうと思っていたからだ。

しかし、其れがどうしたというのだ。

神託の盾兵の部隊が全滅した事を、教団の最高指導者でもある彼女が知らない筈などないというのに。約束したから?戦場へ死にに行かせた癖に。何をぬけぬけと……ふざけるな!お前達がマルセルを見殺しにした癖に!!

カッとなった私は、導師サクに掴み掛かっていた。けれど…



「ふざけるな!約束も何も、マルセルはもう死…」

『私は、その約束を信じています』

「……っ!!」



そこにあったのは、意思の強い瞳。その癖、何だかとても脆そうに見えて、今にも壊れてしまいそうな危うさもあった。

自分でも矛盾した表現だとは思う。だが、その表現は間違ってはいなかったと、今でも思う。

そんな少女の目を見た瞬間、それ以上、私は何も言えなくなってしまった。それ所か、気付いたら私は彼女の前から逃げ出していた。

結局私は、復讐も果たせず…導師サクの想いを確かめる事すらも、出来なかった。

導師の少女がマルセルに抱く想いは信頼なのか、それとも…



『……リグレット?』

「!」



回想に没頭していたリグレットは、直ぐ様思考を現実に引き戻された。任務中だというのに、思考に没頭するなど……軍人として、あってはならない事だ。今回の護衛任務の依頼主が、導師様であるのだから尚更、気を引き締めていく必要があるというのに。例え、復讐対象であったとしても。



「コレ、可愛い…です」

『本当だ!じゃあこれも着てみてよ!』



気を、引き締めていく必要が…



「どうですか?」

『可愛い―――っ!!可愛いよアリエッタ!!これでイオン(クロノ)も一殺だよっ』

「!?殺しちゃダメ、ですっ!」



気を、引き締めて……



「リグレットも、着てみる…です!」

『レッツ試着!』

「!?いえ、私は結構で…」

『ヴァンにも楽しんで来いって言われたでしょ?』

「しかし…」

『大丈夫だって!リグレットが試着してる間は、私が見張りと護衛をしてるからさ』

「それでは本末転倒です!」



護衛対象に護衛を交代して貰うなんて、何の為の護衛か分からなくなるではないか。一体何を考えているんだこの平和ボケした第二導師は!!

とはいえ……



「リグレット…アリエッタが選んだ服、着てくれないの…?」

「うっ……」

『リグレットは美人だしスタイルも良いし、絶対似合うと思うんだけどなぁ〜』

「く……っ」



嗚呼、そんな期待に満ちた眼差し(しかも片方は下手すると泣き出しそうな)を向けられては…



「……分かったわ」

「『!』」



結局ここでも、リグレットが折れるしかなく。何故自分が試着する事を二人してハイタッチをしてまで喜んでいるのか、リグレットには理解出来なかった。



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