02

どう頑張っても時間はいやでも過自覚している。なぜかといえば、もうすぐ冬が終わるからだ。

取り壊し宣告からすでに一月。半分を過ぎてしまったタイムリミットは無常ともいえる。にゃんこ先生を養っていくこと、家を探すこと、バイト、勉強。
未だぐるぐる、ぐるぐる、最近また体調が悪くなってきた。逆に、妖はあまり寄ってこないからいいのかもしれないが…どういうわけかこの土地は妖が少ない。
藤原夫妻のところが自然に近く、逆に言えば多かったのかもしれないが…それもさみしい気はする…。学校で変な絡まれかたされないだけましかもしれないけれど…

あの騒がしくも愛おしい時間が、はるか昔に感じてしまうのだ。


『早く帰らなくちゃ…。』


バイト帰り。
思ったよりも遅くなってしまったから、そんなことを思うのか。こんな夜は大体先生の背に乗って家路を急いだものだが、こんな都会の中じゃそんな危ないことはできない。
それに、あまり先生も妖に変化することを嫌がっているから仕方がないのだろう。

やっぱり、都会は妖にはつらいものなのだろうか…。



「誰かぁーーーー…」



静寂の中に、ひびいたのは聞きなれた声。びくっと震えて振り返るが、あのキラキラオーラをもつあの人の姿は一切ない。
空耳かと思いきやどうしてか犬の鳴き声がして、首をかしげてしまう。

こんな夜に一体誰が…と、もし本当に助けを求めているなら…と先生にいい加減にしろ、といわれているお節介が発動してしまう。

大体、厄介ごとに巻き込まれる前兆なのに…


視線だけ向ければ木の上。
ガクブルとふるえている帽子で眼鏡をかけた男の人が、その木の下で吠えている犬に震えている。いまどき丸眼鏡…と一瞬遠い目をしてしまったが、犬に見えるということは、「ヒト」だろう。

犬を優しく追い払ってやれば、犬の姿が見えなくなったころにふわりと木の上から降りてきたその人はまだ目に涙を浮かべていたが一つ安心したのか息を吐くと「おかげで助かりました」と、地面に手をつけたまま話している。


「久しぶりにこの町に戻ってきたのですが、突然犬に絡まれちゃいまして…」


腰が抜けているのか、その体制のまま、
思わず『ダメなんですか、犬』と聞けば「えぇ、ダメなんです」と返される。
だからと言って木の上まで逃げる大人もどうだろう…。

帽子を一度整えてから、「やっぱり私、この土地のものに歓迎されてないんだ」と落胆の声。
…どこか…変な言い方だ。

なんて、思ってしまったのは私が今までかかわってきた妖たちの言葉ににているだろうか。その背を見つめてしまっていたが、突然くるりと振り返って思わずびくついてしまう。
どうしよう。今は先生もいない…。


「君もこの土地の方ですか?」


そう、危険を感じていたのに、彼が言ったのは唐突もないこと。
何度か瞬きをしてしまうが、「僕何か変なこといいました?」とむしろ彼が首をかしげている。なんだ、杞憂だ…とガクッとしてしまった。


『あ、いや、大学のために地方から。今いろいろ厄介ごとになっちゃってるんですけど。」


呆れて、笑ってしまった。しかたないだろう、私はまるで警戒心丸出しで…バカみたいだ…。



「長くなりそうですし座りましょうか。」
『え?』
「飲み物くらいおごりますよ。助けてもらいましたし。」


なんて考えていたら彼は立ち上がって私の背を押す。『え?』なんて思ってしまったが、ぽんっと彼は私を近くのベンチに座らせると、どこから出したのかお茶のペットボトルを私に渡してきた。
いや、本当にどこから…。


「それで、いろいろ厄介ごと、とは何があったんですか?」


そしてそれをむしして話す彼はさすがじゃないだろうか…。もう少ししゃべるスピードや行動に落ち着きがあれば、名取さんに似てる気もしなくはない。うん、声も似てるし眼鏡もかけてるし…。


『あぁ、実は今住んでいるところが取り壊しになっちゃうんですよね。それで新しく住むところも決まってないし、居候も帰ってくれっていってるのに帰ってくれないし…』
「家がなくなってしまうんですか…、そんな…」


さらっと笑顔で言えば逆に彼は目を丸くし驚いている。
逆に彼がなんか落ち込んでいる。


「私は…逆に言えを捨てた身なんですけどね…」
『え…?』



そして彼からはさらに飛んでもないことを言われたのだが…なぜ、突然…。
空気が変わる。

突然なぜ私にそんなことを言いだすのかと…


「あれから数十年。家の皆はどうしているのやら…巴衛なんか私の顔を見ただけで飛び蹴りしてくるに違いありません」


そして突然出てきたのは、それこそ家族と縁を切ったのかと思われるくらいの年月だ。本当に名取さんぐらいの年…もう少しいっているかもしれないが、高校や中学ぐらいで家を出たのか…


『でも、帰る家があるって、いいですよね。』
「え。」


どうしてそんなことになってしまったのか…そんなことは私には聞けない。でも、その悩みを聞くことはできるんじゃないか…なんて思う私はやっぱりお人よしだ。

先生がいなくて今、本当に良かったと思う。


『私、小さいころに両親が死んでしまってそれからいろんな家を盥回しにされて、それこそ高校に入る前までは私も荒れてましたよ。』


にっこりと笑って見せれば、さらにぎょっとしてしまった。その様子にくすくす笑ってしまってから視線を外して、空を見る。

あのころよりも、空はもうだいぶ遠いけれど、


『今は、たくさんの思い出をくれた家に恩返しをしたくて、それで出てきたんですけど…でもこうやってうまくいかないし、あと一か月もしたら帰る家もなくなってしまうんですしね。』


先生を送り返したらまだ少し楽かもしれないけれど、でも先生はある意味私の支えでもあるのかもしれないなんて…。
まぁ何が問題って一番は食費がかさむことだけれど


「私の家を譲りますよ。」


ゴォオオオオ
後ろで電車が走っていく。そろそろ終電に近い時間帯だろうか。どくどくと変に心臓がなる。この人は一体何をいっているのだろう。

家を譲る…?

さらりと言ったことに責任は明らかにもてないだろう。

そして、まるで風の抵抗がないかのようにふわりと立ち上がる。彼の首に巻かれているマフラーが風に揺れる。


「ずっと家を空けているわけにもいきませんし、貴女が住んでくれれば私の肩の荷が降りる。何よりも、」


そっと手がひかれて立ち上がる。こうやって並ぶと、頭半分違うのか。
高校時代より伸びた…でもレイコさんよりは短い髪が彼のマフラーと同じように揺れている。


「君のほうが、あの社にふさわしい」


前髪が上げられる。冷たいと思うこともない、彼が手袋をしているからだろうか。

そんな冷静な頭が、必死で現状を理解しようとしている。

額に触れるやわらかい感触と、そして目線の先には彼の喉と、シャツの襟。
ふわりと香るのは…何か…花のような…香り。


「このメモのところに行ってみてください。ミカゲに言われてきたといえばきっと迎え入れてくれます」


帽子をかぶり直し、歩いていく。
その去り際のなんと美しいことか…。いや…それは関係ない。


『今…なんて言った…。』


新しい主として…


『主って…また、巻き込まれた…?』







時計は固まっている間にすでに終電をすぎ、明日が学校休みだからといって家に帰らないわけにもいかない。おい、


『さすがに…駅3つ分は無理だ…。』


助けなきゃよかった…。あきらめて、手元を見る。記されているところは明らかに家よりも近い。
一泊ぐらい、させてもられるだろう…騙されたと思って行ってみるかと…。少ない荷物を持って立ち上がった。


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