謙信様の表情がゆるりと苦しげに歪められた。
あぁ、あの方が悲しんでいらっしゃる。
それは・・・私が連れてきた武田の忍・・・由利鎌之介が言った言葉にきっと心を痛められたのだろう、
「そうですか・・・あのかたはかわってしまわれたのですね・・・」
「面目ありませぬ、謙信公。」
「フフ、まるでひめとらのうつしみのようです、」
「俺では、幸様の変わりは勤まりませぬが・・・」
けれど、鎌之介の今の格好は、袴姿の真田幸。
もっとも最初からこの男はあの女の影武者、元からそっくりなのだから違和感はない。
もう・・・その本人は・・・いないのだけれど・・・
「あなたは、このあとどうするつもりですか?」
「俺は、いえ・・・某はこれより、西国へと向かおうと思いまする。
某ができるもっともよき事を・・お館様や、佐助が目を覚ましたのち、武田が不利にならぬよう、各地を回ってこようとおもうておりますれば、」
「・・・そうですか」
「それに、幸様が死んだ・・なんて噂が流れでもすれば、天女の話が広がっているこの日ノ本、天女のいる甲斐・その天女を見る為に国を明けている四国・安芸、そして陶酔している奥州、
幸様が愛したものが、無くなるほど・・・悲しいことはございませぬゆえ。」
はっきりとした、まるで、本物の真田がそこにいるような錯覚に陥る。
謙信様はそれをじっと見て、そして、クスリと笑った
懐から出したのは・・・上杉の門・・・。
「では、もしもなにかがあれば・・わたくしめがてをかしましょう。
あのかたをすくいたいとおもうこころは、だれにもまけるきはいたしません」
「まことにござるか、しかし」
「これはあのひめとらものぞんでいることです。
この、さくらのように・・・はかなく、りりしくちった・・・うるわしきあか・・・
わたくしは、あのこがひめとらとなりしきときにこれをおくりましたから・・・
あのこが、かえしにきたのでしょう、とらのなを、へんじょうしに」
しゃらり、
謙信様の手元で静かに簪が音をたてる、
その簪には美しい桜が咲いているが真田の血が時間がたつにつれ固まり変色し、所々黒くなっている、。
あぁ、謙信様の言うとおりだ・・・
真田は・・・上田城に咲き誇る桜のようにうつくしく、儚かった
「あわれなひめとらは・・・さくらとなりてちりましたか・・・」
さみしそうに、かなしそうにつぶやいたのを、
きいていたのは私と鎌之介だけ・・・。
「あの、ゆうひのしのびもまた、めぎつねにばかされひめとらを・・・うらぎったというわけですね・・・」
「謙信公・・・それは・・・」
「わかっています、ただ・・・ただ・・あぁ、おかしいですね・・
わたくしは、むすめのようにおもっていましたよ・・・ひめとら・・・真田幸のことを・・・」
月にうかぶのは、謙信様のお心・・・
ゆるりと、視線が私へと向く
「かすが、かぜのしのびがあらわれてから・・・じかんはたってしまいましたが・・・
どうか、あのこを」
「御意に、謙信様」
「某からも・・幸様をお願いいたしまする」
私も・・・できればあの子を眠らせてあげたい。
執筆日 20130606