標的4 晩御飯
「そういや、武。」
私服の武と道着の自分が並んで歩いているのは、端から見れば少し滑稽なのだが、ここ、並盛ふれあい商店街ではもう見慣れた光景だ。
「なんだ?」
肉屋でコロッケを買いながら振り返る武。大きなビニール袋を手にかけ、コロッケの入った小さな紙袋をふたつ持ってくる。
なんかコロッケ以外の荷物もあんだが…。
何買ってんだ?
「今日、晩飯はどうすんだ?食ってくか?」
食ってくなら、うちに向かっているこの足で晩飯の食材を買ってしまいたいんだが。いい荷物持ちもいる事だしな。そう思って尋ねたのだが、武が手に握っているコロッケのうちの一つをつきだしてくる。
「ほら、コロッケ。」
まぁ、確かにコロッケだが…。だからなんだ、という話だ。とりあえず人の質問に答えろよ。
様子を伺えば、満面の笑みを浮かべていて、恐らくは食えと言うことだろう。全くいつまでたっても、マイペースなのは変わらないな。
「ありがとう。後で金払う。」
「ひや、へふにひーほは。」
コロッケを頬張りながらこちらを見て、難解な言語を話し出す。
「ちゃんと飲み込んでからしゃべれ。」
呆れながら私もコロッケを頬張る。うん、旨い。
「別にいーのな。今からお前んちで飯食うし。」
ゴクンと、潔い音と共に飲み込んで手に持っている袋を見せてくる。
「すき焼きにしようぜ。あとは野菜と卵な。」
そう言ってから、サクッとまたコロッケを一口運ぶ武。
「いいのか?この前も寿司ゴチになったし…。」
先日、テスト期間のラストの追い込みでこいつに家庭教師をしてやった時に、寿司をご馳走になったのだ。あまり舌は肥えていない私だが、そこそこ値の張るものだったのではないかと思う。こう続くと、流石に申し訳なくなってしまう。
「この前の寿司はたまに店の手伝いしてくれてるお礼だって。それに、俺の勉強見てくれてるし、って親父が。今日のは…、じゃあ割り勘にするか。俺、もう親父にすき焼き分の金貰ってんだ。」
コロッケを二人揃って食べきり、商店街の端のゴミ箱に捨てる。
「…わかった。あと糸こんと、豆腐も買うからな。」
すき焼きなんて久々だな。父と二人暮らしだとどうも鍋類にはあまり手が出ない。父子二人の山本家も同じなのだろうか。剛おじさんがそういってくれてるなら、すき焼きを楽しむとしよう。
「おじさんも来るんだろ?肉、それで何グラムぐらいなんだ?」
青果店に寄って、白菜の鮮度を見極めながら、葱を見ている武に聞く。
「んー、四百って言ったけどおっちゃんがおまけしてくれたから、大体五百位。」
「ちょっと肉多いな。おじさん、これとこれ、あとこれも。」
白菜一玉とエリンギを幾本、そして武の手から葱をとり、おじさんに渡す。
「あ、あとこれも。」
えのきとしめじも渡す武。
「キノコ多くねぇか?」
「こんなもんだって、余ったら俺が食うから。腹へってんだよな。」
それならいいけど…。キノコだけが余るすき焼きなんて、私は食いたくない。
「おっ、二人とも今晩はすき焼きか?」
青果店のおじさんが野菜類を袋に入れながら聞いてくる。
「おう!」
「はい。」
袋を受け取って、代金をわたしながら答えると、
「ほんとに二人はちっせぇころからずっと仲いいな。」
「まぁ、ケンカするようなことがないですからね。」
と言って笑うと、右手から野菜の袋の重みが消えた。
「重てぇだろ、貰う。」
軽々と牛肉の入った袋と共に持つ武を見て、また成長の差を感じる。ちょっと前まで同じ位だったのになぁ。
「あぁ。サンキュ。じゃ、おじさんまた。」
青果店のおじさんに挨拶して、また別の店へと急ぐ。早くしなくては、晩飯の時間に間に合わなくなってしまう。
「ふぅ、なんとか終わったな。」
そう言ってビニール袋を持ち直せば、隣で同じく沢山の袋を持つ武が溜め息をつく。
「おー…。」
商店街というものは、人と人との絆が強く築かれる場所でもあるわけだが、こうして商店街で育ったものからすれば、買い物の度におまけを大量につけてくれるのは、勘弁してほしい。
手元の袋の中の、予定していた量の倍ほどの麸と絹ごし豆腐をみつめ、私もまた、武と同じように溜め息をついた。
「…今、何時くらいだ?」
「んー、六時位。」
尋ねれば、予定の倍ほど時間がかかっている。早く家に帰らなくては。といっても、同じ商店街の中のすぐそこなのだが。
「はやく行こうぜ。腹へった。」
私よりも確実に重いものばかり持っている武が、腹の虫を泣かせている。
「あぁ。」
そう言って、ほんの少し急ぎ足で歩くと、我が家が見えてきた。
店先には沢山のバケツが並び、その中には色とりどりの花が。窓ガラス越しの店内にも沢山の花々が並んでいる。その花の中に、埋もれるようにして一人の男性の姿が。黒いエプロンを身に付けたその人は、バケツを店内にしまっていっている。もう店じまいのようだ。
「父さん!」
声をかけながら小走りに駆け寄るその店の店主は、今日の朝、共に朝飯を食った父親の姿。
この花屋の名前は、《貫薙flowershop》うちは何十年と前から、この商店街で花屋を営んでいる家系らしい。
「おう、桜。帰ったか。ん、なんだ武も一緒か。」
「ちは、お久しぶりっす!おじさん。」
武がニカッと笑って父さんに挨拶する。
「今夜はすき焼きな。剛おじさんが半分お金出してくれた。」
「剛も来んのか。なら酒の用意しといてくれ。」
話を聞きながらも、後片付けの続きをし始めた父さん。その要望に、酒のストックの量を思い返しながら頷く。多分まだあったはずだ。
「わかった。」
「じゃ、お邪魔しまーす。」
そんな話をしているうちに、武が勝手のわかったように店内へ足を踏み入れ、奥の自宅へと続く階段を上がっていく。
「ちょっとシャワー浴びてくるから、鍋とコンロの用意しといてくれ。」
武のあとを追いかけるように、私も階段を上がりながら頼んでおく。
「おう!任せとけ。」
自信満々の武に任せておけば、なんとかなるだろう。あいつは中々に料理上手だ。私は取り敢えずさっさと道着を着替えよう。
「なぁー…桜ー…。」
「まだダメだ。」
鍋の前で、すでに卵が割られた皿を持ち、箸を鍋の上にさ迷わせている武。先程から、地鳴りのように奴の腹がなっている。鍋はもうすでにクツクツと煮たっており、確かに今がまさに食べ時だ。
「まだみんな揃ってないだろ。箸置け。」
コンロの火を少し弱めながら、武をにらむ。
「うー……腹へった…。」
切なそうな顔をしている武を見て、少し気の毒にもなり、一つ溜め息をついて立ち上がる。
「飯よそってやるついでに、おにぎり握ってやるから、それで我慢しろ。」
そういったとたんに、現金なことに武の顔がぱぁっと明るくなる。
「ほんとか?!」
「具はねーからな。」
炊飯器をカパッと開けると、湯気と共に白飯の良い匂いが鼻孔をくすぐる。う、武じゃないが、これは確かに腹が減る。取り敢えず二人前を茶碗によそう。まぁ、足りなかったらお代わりすんだろ。
そして、手を濡らし塩を塗ってから白飯を握る。すると、腹を空かせた武がカウンターから顔を覗かせる。
「白飯は逃げねーって。鍋の火加減見とけ。」
「うーっす。」
二つほど握り終え、白飯が盛られた茶碗と共に盆にのせて持っていく。居間では武が待ちわびたようにいそいそと座っていた。腹空かせた大型犬じゃねーかよ。
「ほら、これでも食っとけ。」
「サンキュー!」
一つわしづかんだかと思えば、パクっと豪快に一口かじり、また二口三口と数を重ねていく。
「うめぇ。」
そう呟きながら一つ目を高速で完食すると、もう二つ目に手を伸ばす。本気で腹が減っていたようだ。
だが、あれだな。こうして握っただけとはいえ、うまそうに食ってもらえると、中々に嬉しいもんだな。幸せそうな顔の幼馴染みを見て、そう思った。
「わりぃな。桜ちゃん!遅れちまった。」
武の完食したおにぎりの皿を片付けたところで、ガチャリとリビングの扉が開いて、剛おじさんと父さんが二人揃って入ってきた。
「おーおー、いい頃合いじゃねーか。」
鼻をひくつかせつつ、各自いつもの席に座る。父さんと二人の時はダイニングのテーブルに椅子なのだが、山本一家が来るときは、食卓の席をリビングの大きなちゃぶ台に移す。四人すわるから、こっちの方が広々としていていいからな。
「よっし、やっとだ!!早く食べようぜ!」
「おう、そうだな。」
四人揃って座り、いつも使っている箸を手に取る。
「それじゃあ……」
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