ねぇ、聞いた?新人の新型神機使いの話。
あぁ、二人入ったんだっけ?
あんな鳴り物入りされてさぁ、たまんないよね。私だったら絶対押しつぶされちゃう。
てか、どうなのよそこんとこ。使えんの?
なんか、二人のうちの片方はすごい適合率高かったんだって。そんで演習の結果も歴代記録に並ぶ位って聞いたよ。
へぇ、さっすが新型様、って感じ?じゃもう片方は?
さぁ……?凄い方の子の話ばっかり入ってくるから……、もう一人はよく分かんないんだよね。
あ、でもさ私、演習の講義一緒だったんだけど。別に無茶苦茶すごいみたいな感じしなかったよ。悪くは無いけど特別良くもないみたいな。
普通以下、って感じ?
ま、新型全員が全員出来るやつなわけないしねー。
そーそー。出来なくても新型神機にさえ適合しちゃえば、出世コースだもんなぁ。良いよねぇ。
私ら平隊員には一生わかんないよね。
ほんとに…………痛っ!
「あ、ごめんなさい。」
そう言って、ペコリと頭を下げて謝っているものの、全くそんな申し訳ないと言ったような風貌が見えない黒髪の女性。真新しい白い隊服は、彼女が入隊してまだ日も浅いことを示している。
「ちょっとアンタ、絶対今のわざとでしょ!!」
ぶつかられた方も、白服の彼女から滲み出る不遜な態度を察知したのか、噛み付くようににじり寄る。しかしそれを迎え受ける、彼女の金色に輝く双眸には、強い敵意が獲物を狙う獣のようにぎらりと光っていた。
「待って…………この子……あの。」
「え?」
頭に血の上っている同僚を宥めるように、腕を引く幾人かのうちの女性。こそこそと微かに届く耳打ちに、白服の彼女が嫌悪感を滲ませるように目を細めたその時、廊下の角からひょっこりと第三者が顔を覗かせた。いや、寧ろこの状況では第一人者と言っても差支えはないが。
「おい、舞ー、飲み物買えたか?早く行くぞ。」
「……うん。すぐ行く。ユリ先に行っといて。」
先ほどの獣のようなぎらついた視線は何処へやら、陽だまりのようにニッコリと笑って答える白服の彼女。その彼女にまるで正対するような黒服の彼女は、白服の彼女の笑顔に、少し不審そうに眉根を寄せたあと、周囲を見回し、白服の彼女と向かい合うように佇む女性達の集団に目を留めた。
彼女は数俊、考えるように瞬きを繰り返した後、何かを諦めるように小さくため息を一つ付き、白服の彼女の頭を撫でた。
「…………手だけは出すなよ。」
黒の彼女は端的にそれだけを言うと、くるりと踵を返し、何事も無かったかのごとく廊下を歩いていった。
「………………だってさ。」
黒服の背中が見えなくなったのを確認してから、じわじわと緩やかに、女性達の方へと振り返る白服。
「ユリはね、優しいから、噂話とかも気にしないし、そんなつまんないことしてる人に、わざわざ何かしたりしないんだけど。私はさ、優しくないから、家族が貶されてたら怒るし、虚仮にされたらそいつを殴りたくもなるの。」
まるで幼子のように、一つ一つの言葉を、ゆっくりと区切って話し始める。その瞳には、また野生の獣のような獰猛さが戻ってきているように見えて。ちらりとその口の端から除く赤い舌が、小動物のように寄せ集まった女性達には、やけに生々しく見えた。ごくりと、誰かはわからないが生唾を飲んだ音が人気の少ない廊下に響く。
「でも…………、手、出すなって言われたし、今回はやめとく。次、同じことされたら、私止められないから、気を付けてね。」
無邪気に白い歯を見せて笑う彼女だが、その三日月に細められた金色の瞳には未だ、殺意とも敵意とも取れぬ唾棄するような感情が渦巻いていた。
「ごめん、おまたせ。」
エレベーターホールの壁に背を預け、ぼんやりと足元を見ていたら、先程とは打って変わったいつも通りの幼馴染の声が。
顔をもたげれば、これもまたいつも通りに無邪気に明朗な笑みを浮かべた舞が居た。しかしその目は未だ、さっきの怪しい光を湛えている。身体を起こし、エレベーターを呼び出すボタンを押してからその頭を撫でる。
こいつは、本当に、私に対して優しすぎる。
「……お前が気にしなくていいんだぞ。あんなの、言わせておけばいい。」
先日の演習やカリキュラム中、裏で同期のヤツらや先輩方に、何かとやっかみを含んだ誹謗のようなものを言われているのは知っていた。
新型神機の適合者だからといって、特別なカリキュラムが組まれていたり、私に至ってはこの体質のせいで他にも何度か専属の医師の元へ赴くこともあったためか、そのような反応をされるというのも、分からなくはない。
人間というものは、自分よりも特別な扱いをされている存在に羨望の念を強めるものだ。そしてその存在が大して強い者ではないのだと知った時、その念は一気に自尊のための加虐心へと移り変わっていく。
舞は凄い奴だ。そんなものはガキの頃から知っている。それは神機使いになってからも変わらずで、周囲が驚く以上の結果をこいつはたたき出す。それに比べて、私はどうしようもなく並。もしくはそれ以下かもしれない。
そんな私の存在というものは、舞という手も足も出ない絶対の特別を前にした一般民たちの捌け口にもってこいなわけで。
「ユリだって、私が悪口言われてたら同じことするでしょ?」
「…………だからってなぁ。」
確かに言う通りだが、舞は私のように不完全ではないから、あんなふうに陰口なんて、言われることは早々ないだろう。それに、こいつのこんな晴れ晴れしいまでに真っ直ぐな性格にあてられれば、そんな陰鬱な気持ちなど霧散してしまう。
先程のあれは、私には止められなかった。きっと舞は怒り心頭だったし、手を出して問題にだけはさせなければいいと、諦めてその場を離れたのだが。
「……とにかく、もうあんなことはするな。気にしなけりゃすぐに無くなる。」
釘を刺すように語気を強めて舞に言ったところで、目の前にエレベーターが到着した、チン、という音がホールに響いた。
「それで、どうなんです?姉上、噂の新人は。」
「リンドウ。次ここで姉と呼べば懲罰房にぶち込むぞ。」
「おっと、それは失礼しました。上官殿。」
顔を合わせて早々、目の前でそんな応酬を始めた、姉弟でありそれでいて上官と部下でもある二人を、第二部隊隊長、大森タツミは困ったように笑って見ていた。
もう出会って数年は経つのだが、この二人の距離感はいつまで経っても理解できていない。
「それで、本当にどうなんですか?ツバキさん。今日入隊だとか聞きましたけど。」
タツミは今日その件でツバキに呼びだされたのだ。しかも、まだ部隊を任務には出すなとのお達しだったため、部隊の構成員であるブレンダン達も、すぐ階下のブリーフィングスペースに待機させている。
「あぁ。本日付けでお前達の隊に新人が配属される。」
仕事モードに入ったツバキを見て、リンドウの方も茶化すような雰囲気を改める。
「第一部隊には新型一名、旧型一名。第二部隊には新型一名、計三名を配属することになった。」
「ほぉ。新型が二名もですか。中々大盤振る舞いですね。」
言動の割にあまり嬉しそうな様子は見せずにリンドウが頭を掻く。ツバキはリンドウのそんな様子を諌めるように鋭い視線を向けてから、手元のバインダーに視線を落とす。
「旧型の少年は、少々座学嫌いな節があるが、銃制動力や隠密行動にはなかなかのものが見られる。まだ訓練兵のカリキュラムが終了していないから、配属は新型二名より、少し後日になるがな。
第一部隊の新型は、適合率も高く新兵とは思えない戦闘センスだ。だが……、少々我が身を顧みない戦い方が目立つな。その辺りの様子を見てやってくれ。」
「ふむ、了解です。」
少し間延びしたような返事を返すリンドウ。バインダーの資料をめくりながら、今度はタツミの方へと向き直るツバキ。
「第二部隊の新型は、戦闘サポートの能力に光るものがある。しかし、近接戦闘に少し不得手さが見られるな。せっかくの新型だ。遠近両用させたい所だが、しばらくは後方支援の役回りで任務に当たらせてくれ。あと……」
ツバキはそこまで言ってから、いつもの彼女には珍しく言葉に詰まった。タツミもその様子を訝しく感じ、首を傾げる。
「どうか、したんですか?」
「いや……これは伝えるべきか少し悩んだが、もしもの可能性は少しでも潰しておいた方がいい。」
「もしも……?」
「その新型は、先天性の体質で『肺虚弱体質』だったと報告を受けている。偏食因子に適合し、症状は改善されたとの事だが、任務中に症状が出る確率はゼロではないとの事だ。
あまり気にしなくてもいいとは、担当医から報告を受けたが、もしもはある。一応お前に伝えておこう。各隊員に伝えるかは、お前が判断しろ。」
「了解しました。」
「もうすぐ新人たちも来るだろう。部隊員と顔合わせをした後、リンドウ、お前の指揮で新型二名と初陣だ。」
任務要項を纏められた書類をバインダーから抜き取り、リンドウへと手渡すツバキ。
「では各自、もう暫くブリーフィングスペースで待機していろ。」
←prev next→
←index
←main
←Top