『招聘状 神谷 ユリ殿
貴殿と適合する神機が発見された。
延いては、下記に記す日時、フェンリル極東支部中央施設、第一ロビーへ出頭することを命ずる。
適合試験を受けた後、貴殿は正式な神機使いとしてフェンリルに採用されることとなる。』
一通り、その堅苦しく、かつ、高圧的な文面を読み上げ、手紙をテーブルへ放り投げる。
「だとよ……。」
「書いてること、私のやつと一緒だね。」
「そりゃそうだろうな。」
神機適合の一報なんて、総じてこんなもんだろう。
それにしたって、もし文字が読めない人がいたら、どうするんだろう。
いくら近頃、極東政府の技術が上がり、配給品が潤ってきたところで、この辺りの外部居住区のスラムの識字率は、決して高くないのが現状だ。
「ゴッドイーターに、なるの?私たち。」
舞は、いまいち理解できていないとでも言うように、手紙を目で何度も何度も追いながら、ポツリポツリと言葉を発する。
「そういう事だな。」
流石に昼間のヤツらのように、これが偽物ってことはないだろう。これが冗談だったとするなら、大した得もないだろうにこんなことをして、なんになるのか聞いてみたい。
「……凄い。」
「……あぁ。」
一言頷いてやれば、舞はじわじわと実感が湧いてきたのか、頬を少し紅潮させながら、突っ伏していた机から、勢いよく起き上がる。
「凄いよ!神機つか……」
「うるさい。」
興奮そのままに、大きな声でまくし立てようとするものだから、慌ててその口を塞ぐ。
舞はハッとしたように振り返ると、こくこくと何度も頷き、口の前に指を立てた。
後ろの部屋では、孤児院の子供たちが就寝している。もう寝付かせてからしばらく時間はたっているから、深い眠りに入って、簡単には起きないだろうが、静かにしていて越したことは無い。
起こしてぐずられればことだ。特に、まだまだ幼い子達もいるのだから。
ゆっくりとふたり揃って、年季の入った襖を開け、頭をのぞかせる。
「……大丈夫みたいだな。」
「……ごめんね。」
子供たちが起きた様子はない。皆気持ちよさそうに寝息を立てている。
その姿に、舞と顔を見合わせて微笑むと、音を立てないように注意深く襖を閉め、先ほどの話に立ち戻る。
「神機使い……かぁ……。」
手紙を掲げるように読みながら、高揚した様子で呟く舞。
「これで神機使いになれば、ここにも仕送りできるようになるし、みんなもっと楽な生活が出来るな。」
きっと、新しい本を買ってやることも出来るだろう。毎日毎日ジャンク材の山を漁りに行かなくたって、日々を過ごすことができるようになるかもしれない。
「でも、神機ってそんなポンポン見つかるもんなのかなぁ。だって、あの二人に連絡が来てからまだ一月くらいしかたってないよ?」
不思議そうに声を上げ、遠くを見るように視線をもたげる。
そう、実は私たちの孤児院には、まだあと二人家族がいた。私と舞と同い年の男達で、同じく幼い頃からここにいた、古参のメンバーでもある。
一月ほど前までは、私と舞と、そいつらの計四人で、この孤児院を取り仕切っていた。
子供らの面倒を見、毎日様々なところに繰り出して、生きていくために働き回っていた。
それが一ヶ月前、突然やって来たフェンリル職員に手渡された、二通の黒い封筒で一変した。
その二人は神機の適合者に選ばれたと、それぞれ、ロシア支部とイギリスのウェールズ支部へ転属となった。
つい先日に、院長先生の保持している口座に、二人の名義で仕送りの入金があったばかりだ。
初任級でカッコつけたいのか、それともそれほどに莫大な報酬をもらっているのか、連絡が取れない(国際郵便を出したり、電話を持つほどの金銭の余裕は、まだ私たちにはない)私たちには計り兼ねるが、二人からのその入金のおかげで、この孤児院の大きな稼ぎ頭であった男手が無くなっても、生活を維持できるくらいにはなっている。
「さぁな。私たちにそんなこと、分かるわけもねぇだろ。」
でも、通知書が来たのは確かだ。
嘘、なんてことは無いだろうが、とりあえず行ってみるしかない。
私達には、これを拒否するような裕福な余裕は無いのだから。
こんな、その日その日を切り抜けるように生きなくたって、もっと、家族を楽にさせてやれるならそうしたい。
毎日腹いっぱい食わせてやりたい。恥ずかしがることもない、もっとこましな格好をさせてやりたい。学校にだって、通わせてやりたい。
あぁ、院長先生に拾われて、まだまだこの孤児院に幼い者しかおらず、その日の食事にすら困っていた頃は、生きていることがありがたいことだったと言うのに。
随分と強欲になったものだ。わたしは。
「……私達も神機使いになったらさ……。」
先程の嬉しそうな声色とは打って変わって、沈んだ調子で後ろを振り返る舞。
「ここ、あの子達だけになっちゃうね。」
「…………あぁ。」
一ヶ月前に男達もいなくなり、そして私達も居なくなれば、この孤児院に残る子供たちで一番の年長者は十二かそこらの子達になる。
昼間のような奴らが、また来ないとも限らない。生活自体は、私たちからの仕送りでなんとかやっていけるだろうが。
……不安かと言われれば、不安だ。
「……だが、出頭に応じないわけにも行かないだろ。」
それほどまでに、フェンリルの神機使いになるということは、滅多にないことなのだ。
フェンリル職員というものは、学があり、教養もある、幼い頃からそういう教育施設に通っているもの、さらにその中でも成績が優秀なものがなれるものだ。
私たちのように、外部居住区のしかも孤児院の出身の者がなれるようなものではない。
しかし、神機使い、というものは適合者に選ばれさえすれば、たとえフェンリルの職員だろうが、スラムの孤児だろうが、皆同じくなることが出来るものだ。
このご時世、世界の全てのソースを生産しているフェンリルの構成員になることが出来れば、配給品の優遇しかり、たくさんの好待遇が約束されていることは間違い無しだ。
選ばれる、ということがかなり難しいことなのだが。
「でも……、心配だよ……。」
眉を切なげに寄せ、消え入るように小さな声を漏らす。
私だって、何が何でも神機使いになりたいという訳では無い。だからこそ、私は舞にこれ以上何も声をかけることが出来ない。
「行きなさい。」
そんな私たち二人の迷いを貫くように、室内に凛とした声が響いた。
「院長先生……!」
突然の声に振り返れば、いつから居たのだろうか、もう修道服を脱いだ院長先生が立っていた。
あの後、外部居住区の医者に診察してもらい、その時額に巻かれた白い包帯が、未だ嫌に目立って痛々しい。
「私や、あの子達の心配をすることはない。」
行きなさい。
ゆっくりと、私たちの腰掛けるテーブルの向かいへ腰を下ろしながら、穏やかな表情を浮かべている。
そして、一言一言大切に含むように、私たちへ言い聞かせるように、諭すように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「あの子達は君達が思っているよりも、強い。」
慈しむような目で、隣の部屋を見たあと、その視線をそのまま私たちへも向ける。
「それに…………」
そこまで言った後、突然まるで申し訳ないとでも言うように眉尻を下げて私の方を見やる院長先生。
その瞬間、私は先生の言いたいことが何となくわかった気がした。
「ユリちゃん。君のその身体、フェンリルの施設を使わせてもらえば、治るかもしれない。」
「……ッ!……」
舞が、院長先生の言葉にハッとしたようにこちらを見つめる。
私は、その二人の反応に、苦虫をかみ潰したような顔をしてしまった、と思う。
皆、昔からそうだが、私の身体のことを心配しすぎなんだ。一ヶ月前に出ていった彼らも、出発する時、何度も何度も念を押すように私に無理をするなと口うるさく言ってきていた。
目の前のこの幼馴染も、何かにつけて私のことを過保護に気遣う癖がある。
「……確かに……、神機使いになると、身体機能が発達すると何かで読んだことはある。」
何度か外部居住区の医者にも見てもらったが、私の肺は先天性の虚弱だと診断されていた。つまり、どう治療しても治るものでは無いと。上手くこの先の人生、付き合っていかなくてはならないものなのだと。
しかし、神機使いはあのバケモノと戦うために、細胞の投与によって身体的な機能が上がる、という話を聞いたことがある。
もしそれが、適用されるのであれば、私の肺の虚弱体質も幾分かマシになるのではないだろうか。
「ほんとにッ!?」
私がいつかの記憶を呼び起こしていると、私の胸に飛び込むように引っ付いてくる舞。
心配そうに、だが少し安心したように息をつきながら私を見上げている。
それに頷きながら、私は呆れたように舞を引っ張りはがす。
近頃は、そんな年長組たちに感化され、院の子供たちまで私のことをいっちょ前に気遣うようになってきた。
「行ってきなさい。君達はこんな所で留まっているような子達じゃないだろう?」
迷いに揺らいでいる私たちへの、最後の一撃とでも言うように、ニッコリと微笑んで私たちの頭を撫でる院長先生。
その暖かな体温を感じた時、私の意思はしっかりと固まりきった。
私が、神機使いになって、この温もりを守らなければ。この温もりを受ける子供たちを守らなくては。この温もりが育まれる場所を、守らなくては。
私と似たように、隣でされるがままに撫でられている相棒も、同じような事を考えていたと思う。
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