恋連鎖 | ナノ
「起きろ」
「………」
「………結 起きろ」
「ひゃうっ!!!」
耳元で囁かれたのがくすぐったかったのか結はバッと体を起して耳をふさいだ。
ずっと机に伏せていたせいか、結の左頬はほんのりと赤い。
「今何時……?」
「5時13分前」
「いつから寝ていましたか…?」
「1時間半前くらいから。というかお前、また敬語……」
「あっそうでし……そうだったね。うん、ははは」
そう答えた結は笑顔だった。
疲れは取れたのだろう。きっと記憶の混乱もほぼ100%収まっただろう。
結が片付け終わっていない道具に手をかけようとしたが、高杉はそれを止めた。
「もう遅いだろ。送るぞ」
「…了解です……」
というか今の住所も知ってるのか。そう思った結だったが、よくよく考えたら自分の母親は自分の兄の実母であった事を思いだした。
これなら母が兄に自分の住所を教えていたという可能性がある。
それならいいかと思って結は肩の力を落とした。
「今日は色々ごめんね」
「は?」
「あたしやっぱりちょっと混乱してま…してるんだ」
その敬語が外れないところからよく理解できた。
「でもあたしはお兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったって思ってるから。さっきにも言ったけどさ…。でも本当に安心したの!良かったって思えたの!本当だからね!!」
「分かってるっつーの…」
「うん知ってるー」
高杉は軽くあしらわれた事に少し苛立ちを覚えたが、ここは大人になれ、と言い聞かせて平常心を取り戻す。
隣にいる結は無邪気な子供のような笑顔だった。
「これからはたくさん相談に乗ってもらうからね」
覚悟しろよ! と言わんばかりのキリっとした表情に、高杉は思わず身を固まらせた。
……それと同時にどこか残念な気持ち。
「相談に乗ってもらう」と言う事は、それ以上の事は期待できないと断定されたも同じなのだから。
神威に言われた事が頭を巡る。「兄妹なんだし…」確かにこの関係は憎い。
けれどもそんなのはもう慣れているのだ。
「だって昔からお兄ちゃんには色々相談に乗ってもらったしさ。勉強もだし、家事もだし……あれ、後何かあったっけ?」
恋愛とかな。
心の奥にしまいこんで置けば、結は自己解決して「まあいっか」と言う。
彼女が今住んでいるマンションの前にたどり着けば、高杉は立ち止まった。
「じゃあここでな」
「うん。送ってくれてありがとうござ……ありがとう! お疲れさまでした。今度は他の保健委員に頼んで下さいね……」
「さてどうだか」
「絶対ですよ!絶対他の人に頼んで下さいね!もうあたしはあんな思いしとうないです!」
「分かった。じゃあ次もお前な」
「お兄ちゃんの鬼」
「今に始まった事じゃねェだろ」
しばらく沈黙が続けば結はフッと表情を柔らかくした。
ドキリと胸が鳴る。まるで恋したばかりの中学生男子のような気分だ。コイツ、こんな大人っぽい表情もできたのか……。
「あたしの知ってるお兄ちゃんのままで良かった。変わってたらもっとショック受けてた。………また明日からもよろしくお願いします」
深々と頭を下げて、駆けていく。
俺の返事も聞かずに結の姿はマンションの中に消えていった。
「……」
明日からは6月になる。
1学期も中盤となったこの日から、結の学生生活はわずかな変化を見せたのであった。
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