恋連鎖 | ナノ

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沖田君は待ってると言った。それを待たすわけにもいかないので、さっさと用事を済ませてあたしは国語資料室から退却させてもらおう。
そう心に決めて、二回ほど響きのよいノック音が廊下に響き渡れば、「どぉーぞー」と気だるい先生の声が聞こえたため、遠慮なく扉を開いた。

「失礼しまーす」

「おー、待ってたよー。ハイ、教科書」

真新しい教科書を受け取り、そのままあたしは流れ作業のようにお辞儀をして「では失礼しました」と言う…はずだったのだが、その一連の動作の前に、先生が言うのだ。

「ちょっとそこ座って」

と。まるで説教前の生徒の気分で、悪い事…してないのになぁ。


「……なんでしょう」
「いやいや!そんな怖ェ顔しなくていいから。聞きたい事があっただけだって」
「聞きたい事ですか」
「うん」

真面目な顔つきに、初めてこの人と顔を合わせた瞬間を思い出す。同じ顔だ。同じ空気だ。

「結ちゃん、何で転校してきたの?」

至極簡単な質問である。

大体、担任だと言うのにこの人は聞かされていないのだろうか。いや、……聞かされていなくて当たり前だ。それ相応の理由というものなんて存在しないのだから。

あたしはただ、記憶喪失になって、新天地を求めて、母の紹介で此処に来たのだ。

…先生は…記憶喪失の事…知ってるのだろうか。

「……」

「…もしかして黙秘権行使?」

「……させていただこうかなぁ…と。ちょっと自分でも何て言っていいか…」


分からない。


この人に、どう答えるのがベストなのだろう。
ありのままの真実は、言えるものならば理事長から聞かされているだろうし、そうじゃないのなら言わなくても支障はないだろうとの判断なのだと勝手に思いこんでおこう。

「…まあいっか。人に言えねー事くらい誰にでもあるもんだ」

「そうですね。すみません、先生の生徒なのに」

「………」


―――あり?

俯いて先生の表情がうかがえない。
なぜ、沈黙になるのです。なぜ視線を逸らすんです。なんでちょっぴり距離感がリアルに伝わるんです。じっと動かないのはどうしてです。

「……先……生……?」

物悲しい空気が漂った、刹那。




『(このジャンプ崩れそうで怖いなー)』



と、以前此処に来た時思った事が、まさか現実になるとは誰が思っただろう。


「え、ちょ、ま……!!!」

―――ジャンプが雪崩てくるううううううううううううううううう



自分の体がジャンプの山の影に包まれた時だった。

一瞬視界が真っ暗に反転し、ああ、巻き込まれてしまったのかと落胆したその時に、全身を包む暖かな温もり。
あっと声を上げる前に、倒れこんでしまう。しかし不思議と痛みが無い事に気付く…と同時に、目の前に先生の顔がいっぱいになって映り込んでいた。

音を立てて崩れ落ちるジャンプたちは、まるで

まるで、自分の中のなにかが崩れ、むき出しになった心の音のようで


「…!」

「悪ィ、怪我、ねェか?」

「は…はぃ…」


直視できずにただ混乱した頭がその現実を受け入れようと奮闘しているわけで、先生に触れられている場所が段々とリアルに熱を帯び始めた。
ドキン、ドキンって…さっきの比じゃないくらい、一目ぼれなんて生易しいものじゃない。

ああ、多分これは吊り橋効果なのかもしれない。
ようやく冷静になった脳みそが、ジャンプに埋もれそうになった自分の緊張感と今の状況とを照らし合わせてそう結論を取った。
けれども、中々ドキドキが収まらない。未だに先生の顔を直視できない。これは…本当に、吊り橋効果?なのだろうか?

「先生、あの」
「……ジャンプって重ェのな」
「…ためすぎです。せめて持ち帰った方が賢明だと思います…」
「だな」

そう言って笑う彼の声に、嬉しそうに心が躍るのは、何故だろう。






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