3

それからというもの、深夜の密会は日常になっていた。他愛もない話をして笑いあう。普通であるけど、普通じゃない2人には特別なこと。

不吉なほど赤い三日月が輝く今宵も、2人はいつもの船頭にいた。
「一つの群れが、メス200匹にオス10匹くらいだよ。余分なオスは産まれてすぐ喰べられちゃうの。船乗りは男ばっかでしょ?メスじゃないと誘惑出来ないし、オスが多いと共食いの危険が有るからね」
「俺には無理だな、ソレ」
今では静雄の横に座り、鱗の生える下半身の先だけを海に浸していた。

「そう?シズちゃんなんて絶対生き残るよ?」
「いや女だらけんとこで生きるってのが無理だ。どんなオスが残るんだ?」
「やっぱ強くて逞しい群れを率いるオスかなぁ。あと例外で俺みたいに眉目秀麗な場合は、お姉さん達が可愛がる用に残されるよ☆」
尾ひれでバチャバチャと水しぶきをたてて遊びながら、静雄の腕に頭を預ける。
「自分で言うなよ。じゃあお前は狩りに出ないのか?」
「んー…」
「静雄」
不意に背後から声を掛けられ、振り向くと静雄の先輩のトムがいた。

「ソイツ、人魚か?」
ビクッと震えた臨也は静雄の背中に隠れる。
「臨也ッス。臨也、この人はトムさん。俺を拾ってくれた人だ」
紹介され、臨也は静雄のシャツを握ったまま恐る恐るトムと呼ばれた男に一礼した。
「いやー怖がられちゃってるな、俺」
トムが頬を掻きながら苦笑いする。
「臨也、この人は大丈夫だから」
静雄が促しても背中から動こうとしない臨也に、トムはまた笑った。
「おめぇが人魚ねぇ…もっと、こう巨乳グラマラスが好きかと思ってたぜ」
「シ、シズちゃん、巨乳好きなの?」
トムの言葉に臨也は思わず自分の胸に手を当てた。
「な!何言ってんすか!俺は‥巨乳好きですけど、って!ちげぇ‥…臨也のことが、好きです」
胸を押さえながら俯いていた臨也が驚いて静雄を見る。
「オスだぞ?」
「そーいうの関係無いんすよ。臨也だから好きで」
静雄は照れ隠しなのか、頭をガシガシと掻きながら俯いた。
「そうか…良かったじゃねぇか」
トムがポンポンと静雄の肩を叩くと、臨也と目があう。臨也は先程までの警戒とは違う顔で、頬を赤く染めて目を逸らした。
まんざらでもない臨也の表情に安心したトムは、真面目な顔で切り出す。
「悪いことは言わねぇ。逃げろ、静雄」
「は?」
「船長が人魚狩りをするって言い出した。恐らくお前らの関係に気付いてる。イザヤだっけ?アンタをダシにする気だ」
「俺はそんなつもりじゃ…!」
「おめぇにそのつもりがなくても、船長には関係ねぇ」
臨也は鼻で笑い、静雄に向き直った。
「言ったでしょ、シズちゃん。これが普通の人間の反応なんだよ。君は優しすぎるんだ。もし本当に俺を好きなら…俺と共に海で生きるか、俺を忘れて人と生きるか。今、決めて」
「俺は…」
「行け、静雄。海賊なんてヤクザな商売に巻き込んじまったのは俺だ。すまん。まだ間に合う。お前は明るい世界で過ごせ。アンタが言うとおり、コイツは優しすぎんだ。無理矢理にでも連れてってくれ」
トムは臨也に金貨の入った袋を渡し、静雄を押し付けた。

「何の相談だ?静雄ぉー」
不気味な程明るい声に、トムと静雄が強張る。
「楽しそうな話だなぁ。オレも混ぜろよ」
振り返れば数人の部下と共に静雄とトムに銃を構える船長がいた。
「船長、今回は勘弁して下さい」
両手を挙げたトムが一歩前にでると、部下達はトムへ照準を合わせた。
「元はお前が計画漏らすからこんなことになったんだ。とりあえず死ね」
船長の合図で引き金が引かれる。

パンッ!パンッ!パンッ!

トムに覚悟した衝撃は来ず、目を開けると静雄が仁王立ちで盾になっていた。
「シズちゃん!」
「静雄!」
崩れ落ちた静雄を二人が抱き留める。
三発の銃弾を受けた体は脱力し、辺りには血だまりができた。
「悲しいなぁ…せっかくの隊長殿が撃たれちまったよ。お前、責任とれよなぁ」
船長が今度は臨也に銃口を向ける。臨也は静雄の頬を愛おしそうに撫で顔を上げると、自らの鱗を一枚剥がしトムに手渡した。
「コレ、持ってて。絶対離しちゃダメ」

先程までとは違う、空気が凍りそうな程冷たい表情の臨也が大きく身体を反らせ、天を仰いで叫んだ。
叫ぶと言ってもキィーンと声にならない声で、空気と水面が震える。音ではない『何か』が鼓膜を震わせ、海賊達は耳を押さえてうずくまった。
「な、何をした…」

「……俺は何もしない」
能面の様に無表情だった臨也の口元がニタリと、三日月に歪んだ。
「人魚に会いたかったんでしょ?会わせてあげるよ。ただねぇ…人魚はか弱く美しい生き物でも、優雅で清らかな生き物でもないんだ。せいぜい逃げ惑うといいよ…行こう、シズちゃん」
意識のない静雄に口付け体を抱えて耽美に微笑むと、バシャンッと音をたて漆黒の海に消えていった。


直後、船に何かが当たる衝撃。
「な、なんだ…?」
海賊たちが狼狽える。
船が激しく揺れ、軋む。数秒後、船底からバキッと木が割れる音がした。
1人の男が甲板の端から海を覗き込むと、何かが横切った。
刹那――――
「あらぁ?イイ男…とぉっても美味しそう」
人魚が男の顔を掴み、舌なめずりをする。
男は叫ぼうと口を開いたが声にはならず、ゴボッと喉奥から溢れた血を吐くだけだった。




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