2

港町はもう見えない程遠くになった夜。なんとなく眠りにつけなかった静雄は甲板で煙草を吹かしていた。月は真上で揺れる水面を照らし、緩やかな波が眠りに誘う。

「ねぇ!」
静雄がウトウトしかけたとき、何処かから呼ばれた気がして辺りを見たが誰もいない。
「ねぇ、こっち!」
再び呼ばれて声の方向へ歩き、海を覗くと波間に人影が見えた。

「やぁ」
「おまえ、この前の…」
左の袖が破れたシャツを羽織った黒髪の青年が波とともに揺れていた。
「ちょっと待ってろ」
静雄は青年に声をかけ、船底へと向かった。
船の先は凝った装飾が施され、松明を持った女性の下にたくさんの骸骨がデザインされていた。骸骨は敷き詰めるように彫られている為、人一人が座るには充分なスペースが有った。
静雄は船底から砲台を足場にし、そこへ座ると先程の青年に声を掛けた。
「ここなら話せるな」
波間に揺れる青年が艶やかに笑った。
「名前、なんていうの?」
「静雄だ。この船は‥」
「海賊船でしょ?知ってる。悪い意味で有名だもんね。シズちゃんは海賊さんだったのかぁ」
「なんだよ、シズちゃんて」
「あだな。素敵でしょ?」
「くだらねぇ」
言葉とは裏腹に、静雄の顔は優しく綻んだ。
「俺は臨也って言うんだ」
「イザヤ…変わった名前だな。この前の怪我はどうした?こんな時間に泳いで寒くねぇのか?…………ていうか、ここ沖だぞ」
静雄の言葉に臨也が肩を揺らして笑った。
「あはははは!やだ、本当に気付いて無かった!アハ、フフフ‥」
「なんだよ」
あまりに笑う臨也に、静雄は不機嫌そうに眉をしかめた。
「見て、シズちゃん」
船の傍を泳いでた臨也が間合いを取って海中に潜る。
数秒後―――
水音と共に、弧を描き空を舞った臨也の下半身は魚そのものだった。

「わかった?」
放心している静雄の傍に寄り、臨也は悪戯っぽく笑った。
「‥‥‥‥‥‥綺麗だな」
「へ?」
「すごく綺麗だな、お前」
今度は臨也が呆気に取られた。
大概の人間は異形の存在に、恐怖や嫌悪しか示さない。身内にこそ美しいとは言われるが、人間に言われたのは初めてだった。
「怖く、ないの?」
「怖がらせる気だったのか?」
その言葉に臨也は、ふるふると首を振った。
「テメェこそ、俺が怖くねぇのか?」
「最初会ったときは怖かった。シズちゃんが、じゃなくて人間が」
静雄の足元に近付き、恐る恐る静雄の足に触れた。
「確かめようと思って来たの。シズちゃんがイイヒトなのかどうか」
「そうか。残念だな…俺は悪いヤツだ」
寂しそうに笑って、足に触れる臨也の手を掴んだ。
「傷、残らなくて良かったな」
優しく撫で、手を離す。その仕草に臨也の胸が何故か痛んだ。
「シズちゃんは悪い人じゃない」
今度は臨也から、しっかりと静雄の手を握った。
「あの傷は人間にやられたのさ。人間はいつも俺達を奇怪な目で見て、愛玩用だの食用だのって捕まえるんだ」
「食用って…」
「人魚の肉ってのは高級品らしいよ?まぁ俺達の食糧も人間だからさ、文句言えないけどね」
静雄の様子を伺いながら、臨也は矢継ぎ早に話す。
「すまねぇ」
「なんで?ふふ‥シズちゃんて分かんないね。俺達だって人間を襲うのにさ。あ!でも俺はシズちゃんを食べたりしないよ?」
無邪気に笑う臨也に、静雄も自然と笑顔になった。

「あーあ。もう夜が明けちゃうよ…」
「帰んのか?」
「うん。この姿、目立つからね」
臨也は白んだ空を見上げながら寂しそうな顔をする。
「また、会えるか?」
「いいの?」
「テメェが嫌じゃなければ…」
「嫌じゃない!!」
思わず叫んだ臨也が、顔を真っ赤にして顔の半分まで海水に沈んだ。
それを見た静雄がケラケラと笑った。
「もう、シズちゃんの馬鹿!!じゃあ‥‥またね」
「おう。またな」

海中に潜った臨也の影が消えるまで、静雄はたゆたう波を見つめていた。




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