柔らかい桜が吹雪いていた。風に乗って淡いピンク色のハートを注ぐそれらは春の訪れにしては早すぎる。今年はそれなりに温暖だったこともあって、早く開花してしまったらしい。今日も朝からぽかぽかと陽気で過ごしやすい一日となるでしょう。そんなことをニュースのアナウンサーは笑顔で言っていた気がする。そして実際本当に温かい日だった。美しいくらいの輝きを下ろしてくる太陽はじんわりとした白いリングを幾重にも重ねていて眩しく空を煌かせていた。薄水色の空には形のいい雲がちらほらと踊っている。風が吹くたびに舞い上がる桜の花弁は喜ばしいまでの晴れ舞台を彩っている。絶好の卒業式日和だった。


――スクールを卒業しても同じミドルへ進学するんだから、あんまり悲しくはないわね。
――だよねー。
――硝子ちゃんはもう制服の採寸した?
――やっぱり少し大きめにしたほうがいいのかしら?
――わたしはまだよ。明日行くつもり。誰か採寸した子はいるの?
――あ、わたしやったよ! やっぱりだいぶ大きめでやってもらった。
――これから伸びるもんね!
――太るかもだしね!
――もうやめてよ〜!
――あははっ!!


くすくすと華奢な笑い声が耳たぶを掠める。これから待ち受ける生活を不安に思ったり期待していたり、様々な心境ではあったが、誰一人して寂しそうにはしていなかった。
そしてそれはわたしも同じだ。清々しさと晴々しさに満ちている。卒業式に母親が来ることはなかったけれど、そんなのは瑣末なことだった。わたしのために無理して働いてくれている彼女に我が儘を言うわけにはいかない。せめてゆっくり寝かせてあげたい。友達の連れて来る両親を見るたび少し寂しくなるのは事実だけれど。


――でも悲しいよねー。
――あー、珪砂くん?
――私立のミドルに行くんでしょう?
――もう会えないのかなあ。


そんな彼女たちの小猫の戯れのような会話を耳に流し込みながら、わたしは珪砂・フェルドスパーの姿をちらりと見遣った。友達みんなと少し離れたところでただじっと校舎を見つめている。なにを想っているかはわたしにはわからなかった。六年間お世話になった感謝か、はたまた去ってしまう寂漠か。
その孤独な姿を見つめていると、《彼》はわたしに気づいた。
象牙色のふわふわした髪を舞わせて、ブルーグレーの瞳でこちらを振り向く。心なしか潤んでいた。泣いていたのかもしれない。その姿は冬の陽射しのように静かで神聖。思わず声をかけるのを躊躇ってしまう危うさがあった。


――寂しいよ、


《彼》は私以外の誰にも聞こえないくらい小さな声で言った。なによりも小さくて儚いのに、《彼》の声はわたしの鼓動に、なによりも大きく強く響いた。終わらない花吹雪の中に、わたしたちはいたのだ。

わたしは《彼》になにも返せなかった。
《彼》は穏やかに苦笑して、でもそれは泣きそうな微笑みだ。
最後の最後になっても、わたしはなんにも気付かないふりをした。《彼》がわたしに伝えようとした気持ちも、ぎゅうぎゅうに押し殺して伝えようとしなかったわたしの心情も、おかしなくらい違えてしまったこの関係も。そしてそれにお別れしなきゃいけない今日にも。


――寂しい、


わたしは瞬きをした。
花霞に漂う金の土を吹き上げる風で《彼》の声が聞こえない。


――僕がいなくなっても、君の世界は廻るんだ。


風が私の全身を撫で付けた。
酷く寒くて凍えそうだった。


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