――誘誘が戦争谷騒禍に初めて合ったのは、彼が匂うような十五歳のころである――。

一般男子にしては長めに伸びた柔い髪に、憂うように冷ややかな目付き。思わず小憎らしいと感じるほどの美顔の持ち主ではあったのだが、誰も彼を取り巻くことなどなかった。
その当時の彼は一匹狼と言うに等しい状況で、なんの理由もなく冷徹に荒んでいた。誰に心を許すでもなく。かと言って誰を嫌うでもなく。素行の悪い尺取り虫高校でも十分やっていけるであろう拳を持った…………いや、素直な言い回しに変えたほうがいいかもしれない。
彼は。
不良だった。
チープな言い方になるが、これが一番合っているであろう。自分から喧嘩を仕掛けることはないが売られた喧嘩は徹底的に買う。そんな人間だったのだ。

しかし――――そんな彼に変化が起こる。

尺取り虫高校入学式にて。
どこの誰もが体育館にいるであろうとき、彼は学校の隅にある校舎をぼうっと歩いていた。
入学式に意味を感じず。
ただただ怠惰を極め。
彼は欠伸をしながら、校内を徘徊していた。
教師も式にいるため、誰も彼を咎めることなどない。彼の自由度は高く、気ままに歩き回ることが出来たのだ。


「………………?」


彼の目が、ある一点に止まる。それは酷く目を惹く“点”だった。


少女が、横たわっていたのだ。

チェックのスカートのセーラー服を着ている、同じ尺取り虫高校の生徒だろう。石膏像のように真っ白い肌をしていて遠目からだと一瞬人形かと勘違った。スカートから覗く脚はぞっとするほどに細くて、戦災した子供を思わせる肉付きの無さだ。肩の下ほどにまで伸びた髪は美しいプラチナブロンドで、ひらひらと風に揺れている。
ぐったりとした様子で校舎の影、石畳の地面に横たわるその儚げな少女は、死んでいるみたいに動かない。


「ねぇ」


近づいて、声をかけてみた。


「死んでるの?」


彼女の顔をじっと覗き込む。
その生色のない顔をした彼女はとても優美な容貌をしていた。ほっそりとたおやかで、深窓の令嬢という表現がしっくりくる。
瞼と睫毛が、びくりと揺れる。
すうっと、目が開かれた。
それはまるで、海のように深い青色だった。
びいどろの中でたくさんの亀裂が入ったみたいに白い煌めきが犇めいていて、潤んだように輝いている。
その美しさに彼は絶句した。
これ以上なく、目を奪われた。
彼女は気だるげな目つきで彼を見上げて、小さく吐息し笑う。


「生きてるよ」


微かにしわがれた、でも凛とした涼やかな声だった。見るからに聞くからにだるそうな彼女は、そのまま彼に続ける。


「……あはは、君、入学式はどうしたの……もう始まってるんじゃないの?」
「それはそっちもだよ」
「ん……ああ、あたし? あたしかあ…………」


ずるりと彼女は起き上がる。まるで病人見たいな動作だった。壁に背を預け脚を伸ばして座る彼女。首なんて今にももげそうで、おっかないくらいの関節の頼りなさ。


「ふ……ふふ……入学式に、行こうとしたらさ……、……なんか貧血が、してね……倒れちゃった」


見た目通り、か弱い女の子のようだった。幽霊みたく青白い彼女は有るか無きかの笑みを浮かべる。


「保健室行けば?」
「……無理かな……」
「なんで」
「……脚がさ」


と、自分の細い足首を触る。


「ヤバい感じがする、歩いたら……折れそう」
「大袈裟」
「だ、よねぇ……」


小さくにやりと笑う彼女。しかし数瞬後、「ごほっ」と咳込んだ。手で口元を押さえるも咳は止まらず肩は仰々しく上下している。


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