ほぼ最北端に位置する国の離島。そこに聳える《カンパニー》のオフィスに二人の若い男女がいた。


「やっほう、久しぶりだね、誘くん。こっちは相変わらず寒いったらないね、あははははっ」


透けるようなプラチナブロンドの髪に、深い叡智を湛えたようなゼニスブルーの瞳。色白痩躯の女、戦争谷騒禍はソファーに深く腰掛けて笑った。


「えへへ、また会えて嬉しいよ騒禍ちゃん。で、どうだったの? 《回遊魚》は」


柔らかそうな髪をワックスで纏めた、中性的で小憎らしいほどの美顔の持ち主である男、誘誘はソファーに座る戦争谷騒禍に尋ねた。

その言葉に戦争谷騒禍「あー、魚くんね魚くん」と頷いた。


「無理だった」
「えっ?」
「二人死亡、一人逃亡、あたし脱帽ー、とか言っちゃってね。あははははっ!」


そう言う彼女は事実普段被っている外出用のナイトキャップを被っていなかった。数回左右に頭を振って、サラリと髪を払う。


「……そっか」
「あれ。誘くん、あたしのこと怒らないの?」
「怒らないよ。なんで?」
「戦奴は死ぬし、次期永世トップは逃げるし、回遊魚くんは捕まえられないし。あたし依頼ボロボロじゃん」
「怒らないよ。だってあの騒禍ちゃんがわざわざ頑張ってくれたわけだし」
「やー、特に頑張ってない。楽しませてはもらったけど」
「そっか。騒禍ちゃんが楽しんだんなら、なんでもいいよ」


誘誘は照れ臭そうに苦笑して、彼女へと近付く。部屋の照明に照らされる金髪に触れる。戦争谷騒禍も特に嫌がるそぶりもせず、「それにしてもさー」と話を続けた。


「相変わらず強かったな。ますます強くなってるような気さえするよ、彼」
「……そっか。僕もだけど、残念だったね、騒禍ちゃん。彼を連れ戻せなくて」
「うん?」
「だって彼のこと気に入ってたじゃない。試合だって楽しみにしてたしさ。彼強いからね。彼が誰かと殺し合う様が、好きだったんだよね? もう、見れなくなっちゃうじゃない」


戦争谷騒禍は笑った。


「大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」


彼女は続ける。


「正直な話、むしろ好都合だね。物足りないなって、思ってたし」
「物足りない…………?」


誘誘はきょとんとした顔で首を傾げた。
あはははははっ、と楽しそうに肩を揺らしたあと、戦争谷騒禍は言う。


「殺し合うだけじゃ、物足りないなって」


彼女は首を僅かに傾いて人差し指を立てる。


「誘くん、あたしはね、喧嘩を見るのが好きなんだ」
「えっ、知ってるけど?」
「喧嘩が好き、試合が好き、殴り合いが、蹴り合いが、殺し合いが好きなの」


“だけどね”


「あたしが一番好きなのは、戦争なんだよ」
「……………」
「戦争を、愛してる」


彼女の瞳は蕩けるように細められて、長い睫毛が仄かな影を生む。


「ここで殺し合うのも悪くはないけど、やっぱり物足りない。彼には、あたしの“夢”のワンピースを担って貰いたい。だから、今は泳がせておいてあげるの」
「騒禍ちゃんの夢って、“アレ”だっけ?」


苦笑まじりに誘誘は言う。
すると彼女は、にいっ、と微笑んで「そうだよ」と返した。

彼女の、夢。

それは。



「―――――このあたしが、世界大戦の引き金になること、だよ」



まさに、狂気そのものだった。
啄木鳥も金糸雀も告天子も回遊魚も、彼女の戦争に対する烈しい激情を、“狂気”だと言った。

実に、その通りだろう。

気違いなほどの執着。
気狂いなほどの渇望。

喧嘩誘発屋。
戦争谷騒禍。


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