一寸先ダーク | ナノ
 そういえばご存知だろうか。
 実は、私はオカルト研究部に所属している。
 なんだその怪しげな部活は、と思っていただければ重畳。私もその魔力に引っかかって入部したクチである。なんだその怪しげな部活は、と思って倦厭した場合、私とは気が合わないのだと思う。残念。
 しかし、まあ、そんな私と気が合わない代表・依本永久恋愛は絶賛大親友継続中なので、交友関係において、気なんてものは合っても合わなくてもどっちでもいいのだという可能性を示唆している。気が合うか合わないかなんて、本当、どうでもよくて、たぶん、まっすぐな好意さえあれば、きっとそれだけでうまくいくのだ。
 さて。そのオカルト研究部の部員は、受験により勇退した三年生を除き、十二名。現在は、私を含めた二年生で、オカ研を回している。私は、回してるっていうか、ほとんど見てるだけだ。ちょうどいま、オカルト研究部の部室でもある旧校舎二階の元第二会議室にて、くっつけあった長机の周りに椅子を置き、みんな思い思いの意見を言い合っている。
―――じゃあ、超心理学でいうところのESP、つまり超能力の覚醒は、思春期を迎えたティーンエイジャーに多いってこと?」
「思春期って……でも、なんか、心理学っていうから、心的なものに可能性がありそうだね」
「はじめちゃんのレポートは統計から来てるんだっけ? それも聞きこみの」
「うん。コリアタウンの超能力研究結社ってところまでインタビューしてきちゃった!」
「変なところじゃなくてよかったですね、そこ」
「名前からしてめっちゃ危なそうじゃないですか。オカ研の人間が言うことじゃないんだろうけど」
「俺も今度行きたいから場所教えて」
「えー、行くんですかー? 先輩つよすぎー」
 いやあ、奇妙珍妙。
 肘をつきながら、私は彼らの様子を適当に眺めている。
 オカルトっていう一種のファンタジーをがんばって理論的に捉えようとしてるちぐはぐ感が面白くて、なに言ってるか理解できないことは多いけど、見てて全然飽きない。積極的にディスカッションに参加することこそなくとも、私は、この雰囲気がけっこう好きだった。入部の動機も怖いもの見たさだったし。実際入ってみると部員とは気が合ったし。サボっててもなんにも言われないし。居心地がいいったらないや。
 ううん、でもな。
 端っこの席にいた私は、ちょうど隣にいる後輩の沙奈々さななちゃんの制服の裾を引っぱり、こちらへと注意を向けさせる。
 沙奈々ちゃんは「え、どうしたんですか、先輩」と目を瞬かせた。
「眺めてるだけじゃだんだん暇になってきたから。絵しりとりしよ?」
「いやいや、先輩も真面目に部活動しましょうよ」
 後輩に叱られてしまった。でも、罪悪感とか反省の気持ちとか、全然湧いてこないんだよねえ。私ってだめな先輩。私が「ちゃんと討論会には出席してるよ」と返すと、沙奈々ちゃんは「出席するだけじゃなくて参加してください」と指摘した。淡々とした、真っ当な意見だった。
 沙奈々ちゃんは、天パのショートカットが綿菓子みたいでなんかかわいくて、こういう先輩に対しても物怖じないフランクな性格で、実はお気に入りの後輩だった。だからわざわざ彼女の隣を陣取ってやったし、いまみたいに相手にしてもらえないと寂しかったりもする。
 沙奈々ちゃんは「そんな顔しても無駄です」とまだまだ叱る。そろそろ、どっちが先輩か、わかったもんじゃないな。
 すると、沙奈々ちゃんだけでなく、同学年の女子部員のじめじめ、、、、―――本名をはじめ≠ソゃんで、じめじめとは私がつけたニックネームである―――も追い打ちをかけてくる。
「そうだよ、別守ちゃん。そもそも、今回の議題でもある超能力は別守ちゃんのためにチョイスしたんだよ?」
「えっ、そうなの?」
 私が驚くと、みんなが頷く。
 じめじめは解説してくれる。
「前に別守ちゃん、超能力のことについてけっこう熱心に調べてたじゃん? だから、幽霊とかよりそっちのほうが興味あるのかなって、定例討論会の議題を超能力にシフトしたんだよ」
「そうですよ。私だって、先輩のために、つい最近までやってたミステリーサークルと魔法陣の研究、放ほっぽってあげたんですからね」
 沙奈々ちゃんの発言に「そうだったの……」と内心感極まる私。バサバサ切るようなこと言ってくるけど、この子絶対私のこと好きじゃん。ありがとう。私も好きだよ。
「沙奈々ちゃん。嬉しい。そこまで気合い入れてくれたんだね」
「や、超能力に関しては先達が熱心に調べてくれてるので、片手間でできました」
 あれ? 全然自分の研究放っぽってなくない?
「それに、じめじめも、コリアタウンの超能力研究結社とかいう、拉致られて人体改造でもされそうな組織まにで行ってくれたんだよね……大丈夫? 気づかないうちに記憶操作とかされてない?」
「されてない。されてても覚えてない」
 そこそこ心配になるようなコメントをじめじめはしてくれたが、それでも未だ、私のためだという驚きのほうが勝っている。いつも会議に参加しない私が議論しやすい題材を、みんな考えてきてくれたなんて。それはそれは、だとしたら、余計なお世話だなあ―――ここまで来てもなお罪悪感の欠片も湧かないのが私の性格である。
 たしかに、私が超能力について興味を持ちだし、精力的に調べていた時期はあった。私の見るビジョン―――数秒後の予知という現象について、どうにかこうにか解明してやろうと躍起になっていたときのことだ。
 そのときに知ったことなのだけど、超能力は大まかに二種類に分けられるらしい。念力のように、触れることなく物体を動かすなど、周囲になにか影響を与えるものをPKと呼び、テレパシーや透視など、超感覚的な知覚能力のことをESPと呼ぶ。私の能力は後者に当たり、オカ研らしく申し上げるなら、私はエスパー、またはサイキックということになる。
 神聖じみたPKのサイキックはともかくとして、ESPのサイキックについては、古来より数多くの記録が残されている。そもそも、占いで邪馬台国を統治したという卑弥呼だって、見かたを変えればESPのサイキックである。科学技術や論理的思考も十分に発達したであろう十九世紀、二十世紀に至っても、世界三大予言者などが現れ、散々に持て囃されていたのだ。超能力だと言われては世間に叩かれてきた、嘘か真かもわからぬサイキックも山のようにいるけれど、実際の当時の私のビジョンは百発百中で、疑いようがなかった。これを超能力の一種だと信じ、自分の力で解明しようとしていたとしても、なんら不思議ではあるまい。私は考えるのが苦手だったから、すぐに挫折はしたけれど。
 とにかく、一度は試みたとはいえ、私はもう、自分の予知現象を解明しようなんて思っていないのだ。最近では、逢木直流の登場のおかげで、そもそもその予知能力ビビッも百発百中でなくなってしまったことだし。
 そう、そうだ。
 逢木直流である。
 私は、この前の、書道の選択授業のときの一件を思い出し、さりげなく口元を手で覆う。
 不思議で不可解なことが多すぎて、それまで若干疑ってはいたけれど、あのときの、熱烈な発言といい、よかったという言葉といい―――やっぱり逢木くん、私のこと相当好きじゃない?
 でなきゃ、どういうつもりなの。私に好きなひとがいないことを知って、よかったって。
 もう完全に読めてしまった。私という好きなひとに好きなひとがいなくてよかったって、それならいくらでもチャンスがあるしあわよくばって、そういうあれである。彼の本心に確証が持てなかったけれど、もうこれは決まったも同然だ。彼は私に恋をしている!
 ……その割には、相変わらず告白してこないから、やっぱわけがわからんけど。
 私は小さくため息をつく。
 逢木くんめ。不思議の国の不思議くんめ。そういう思わせぶりな態度、私はあんまり好きじゃないんだぞ。駆け引きのつもりなら逆効果だ。悪意と一緒。あんまり調子に乗るなよ。貴方は私が好きなんだから。いざとなったら、私は貴方を、振ることだってできるんだから。ま、告白されてもないのに事前に振ってしまったら、私の自意識過剰が表沙汰になって、いっそ私の社会的立場が危うくなるのだが。
 ああ、もう、やめいやめい。
 いまは、性格のいい部員たちによる気遣いの話だ。
 私はさりげなく口元を覆った手をそのままにして、テーブルに肘をつく。
 申し訳ないが、いらぬ気遣いなのだ。そんな、超能力の研究を議題として採用されても。私の心境としては、完全に冷めた熱でパンでも焼かれてる感じだ。持て余しまくってる。これ以上掘り下げたって、お互い、なんの実りもないよ?
 しかし、そんな私の心情とは裏腹に、ディスカッションは進んでいく。
「話を元に戻すけど……超能力者と言えば、やっぱ、ユリ・ゲラーだよね。スプーン曲げの」
「それは僕も聞いたことがある」
「そいつの登場で、世界中でスプーン曲げのできる人間が現れて……たしか、ゲラリーニ現象でしたっけ? いいなあ。俺もスプーン曲げたかったあ」
「超常現象とかオカルトって、なんとなくムーブメントがあるよね。流行る時代っていうか。たとえば、最近はテレビでもそういうのとかってないじゃん。次のムーブメントっていつになるんだろう。みんながオカ研にいるうちに、一回くらいは来てほしいよね」
「ちょっと怖いですけどね……ほら、超能力の全盛期ともなると、否定意見のほうが多いイメージとかありません? 超能力者へのバッシングがほとんどで、ワクワク感よりも、なんか嫌な感じがして」
「たしかに。ミステリアスなユーモアを解さない番組ばっかりだったような気がするよ。超能力に理由とか原理とかつけて、インチキ呼ばわりして。テレパシーも、あらかじめ決めておいたんだとか、よく知ってる相手だからわかるとか、そんなのばっかりで」
「SFっぽくなっちゃいますけど、タイムスリップやタイムトラベルにも、私はロマンを感じちゃいますね。ジョン・タイターもそうですけど、サウス・フォークスブリッジの男とか!」
「チャップリンの映画に出てくる、携帯電話を持った女とか? でも、そういうタイムスリップものの写真って、勘違い系が多いよね。時代錯誤な格好をしているようでも、実際よく調べてみるとそうでもなかったり」
「私は、タイムスリッパーと予言者は、全部合致した一つの事象だと思ってますけどね。さっき名前の出た、ジョン・タイターみたいな」
「なにそれ。面白そうじゃん。聞かせて」
 ははあ。物知りだねえ。さすがオカルト研究部。世界史や日本史の暗記はからっきしのくせに、こういう知識だけは湯水のように蓄えてあるんだから。私は世界史や日本史の暗記とかのほうが得意だよ、とか思いながら、その様子を眺める。元は私への気遣いからだろうけど、そんなのはそっちのけで、みんなは意見交換を楽しんでいるようだった。私はディスカッションに参加しているふりをするため、ウンウンと相槌を打っていく。
「そういえば……超能力者はユリ・ゲラーも有名だけど、もう一人有名なので言うと、やっぱりニーナ・クラギーナじゃないですかね?」
「テレキネシスの?」
「そうです。しかもですよ……そのニーナ・クラギーナが超能力に目覚めたのって、結婚後のノイローゼが原因らしいんですよ。これって、はじめ先輩のレポートにも則れると思うんですよ」後輩の一人は続ける。「思春期に能力の覚醒する人間が多いってことは、なんていうか……自身の感情の波とか爆発とかで、目覚めてるんじゃないかなって思うんですよ」
「なるほど!」
 じわじわと熱が上がっていき、彼らの妄想も逞しくなっていく。
 依本がこの場にいたら、気味悪がってドン引きするだろうな。あの子、私のことは大好きなくせに、オカ研には絶対付き合わないとかなんとかで、料理部に入っちゃったから。懐ちゃんも入ろうよって、一年のころは威勢よく誘われてたっけ。そもそも依本は入学のときの部活紹介からなんこれ≠ンたいな目で見てたし。
 思い出に浸っていると、沙奈々ちゃんが私の制服をクイックイッと引っぱってきた。
 ほほう、さては、やっと私にかまってくれる気になったのね!
 テンションが上がった私は「なになに」と振り返ったけれど、沙奈々ちゃんは「いや、だから、真面目に話に参加してくださいよ」と諌めてきただけだった。
 そんなこと言うんだ。期待して損した。もっと私を喜ばせるようなこと言ってよ。
 内心拗ねている私に対し、沙奈々ちゃんは「ほら」と催促してくる。




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