一寸先ダーク | ナノ
 他の部員たちもそうだぞって目で私のことを見てきたので、しょうがないなと口を開く。
「思春期で感情の爆発って言うと……恋とかかしらん?」
 その場しのぎで適当に言っただけなのに、思いのほか、みんな食いついてくれた。机から身を乗り出して「ありえる!」と叫ばれる。
「恋愛感情から覚醒する超能力! ニーナ・クラギーナの場合、結婚後のノイローゼが原因だったわけでしょ? 夫婦間の倦怠期や愛の比重からくる気の病とも考えられるんじゃないかな。そういう意味で改めて見直してみると、はじめちゃんのレポートって、けっこう信憑性高いんじゃないの?」
 私のその場しのぎはなかなかのファインプレーだったらしい。白熱していた議論爆弾に、追い火薬を加えちゃった感じだ。みんなの声のボリュームキーは数度ほど右に回されてしまった。女三人寄れば姦しいとは聞くが、オカ研十二人いればけたたましいな……いや、二年に幽霊部員が一人いるみたいだし、正確には十一人か。幽霊に興味は持つくせに、幽霊部員には興味ないんだもんな、この部。ウケる。
 そういえば、三年生のいた少し前までは、もっと騒がしかったんだよなあと、そんなことを考えていた、まさに、そのとき―――いきなりことだった。

『ウーッス。みんな、久しぶり!』
 
 ビジョンが見えた私はすぐさま席を立ち、床に置いていた鞄を持ち上げ、肩にかけた。
「あ。急用思い出しちゃった。ごめん、先に帰るね」
 突然の私の発言に、みんなは「えっ」と驚嘆する。あるいは、そさくさと身支度を整える、私の移り身の早さに呆然としていた。沙奈々ちゃんからは呆れの眼差しをプレゼントされる。悲しいけど、沙奈々ちゃんの私への好感度を無下にしてでも、私はなるべく帰りたかった。
 現在のオカ研は二年が主体だった。三年生は受験のために、活動を制限している。部活によって勇退の時期はまちまちだが、大概は夏までとなっていて、オカ研もその風習に倣っている。その中でも、AOやら推薦やらで受験を終えた三年生が、たまーに部室に遊びに来たりするのだが―――そうこうしているうちに、懸念していた数秒後は訪れる。
「ウーッス。みんな、久しぶり!」
 私のビジョンどおり、突然開け放たれた部室の扉から、伊蘭坂いらんざかという先輩が、近所の商店街で買ったプチシューを携え、顔を出した。私以外の人間は全員そちらへと目を向けた。そのまま「わっ」と顔色を変え、「お久しぶりです、先輩!」と歓迎する。
「そら、お土産」伊蘭坂先輩は、空いていたスペースに、大きな箱の入った袋を置く。「ここに置いとくから、みんなで好きなときに食えよ」
「先輩の奢りですか?」
「当たり前だろ」
「やった! ありがとうございます!」
 みんなのにこやかな返事を受け取ったあと、伊蘭坂先輩は、一人、鞄を持って立っていた私に、その目を向けて、「えっ、懐、もう帰る感じ?」と尋ねてきた。
「はい。用事がありまして」
「せっかくお土産も持ってきたのにかよ」伊蘭坂先輩は顔を顰める。「せめて食って帰れば? それくらいの時間はあるだろ?」
「え、えー……」
 そのあいだにも、他の部員ががさごそとプチシューの箱を開けている。
「……わっ、これ、外側がアメ焼きになってるやつじゃないですか! 俺、好きなんですよ! ほら、せっかくだし、別守ももらおうぜ!」
 てっぺんのところをカリッとアメ焼きにしたプチシューは、私も大好きだった。私は絶対に帰るとしても、みんなだけで食べられるのだって、それはそれで嫌だ。だけど、さすがの私も、みんなに食べるの我慢してなんて言えない。自意識過剰に自己中が付け足されたら、もう目も当てられなくなる。
 私は、しょうがなく、元の席につき、鞄を置いた。
「それで? 藻場もばくんも脇沖わきおきもしっかりやってるか?」先輩は私の席の近く、ドア付近のお誕生日席に座った。「次期部長、副部長なんだから、部費の管理もお前らがやるんだぞ?」
 藻場くんは「はい」と答えた。他の部員も、持ってきてくれたプチシューを美味しそうに食べながら、久しぶりに会えた先輩の声に耳を傾けている。
 伊蘭坂先輩は、部長や副部長でこそなかったけれど、三年生の中では主体とも言えるポジションにいて、イベントごとで幹事を任されることが多かった。大らかな性格で、場を盛り上げるのが上手い。オカ研の部員たちは、伊蘭坂先輩を慕っていた。
 ちなみに、私はこの伊蘭坂先輩のことが、あまり好きではない。大らかな性格とは言ったものの、よく言えばの話であって、私からしてみれば、軽薄で軽率とも取れる。それに、ちょっとチャラチャラしてて、なんでオカ研にって感じ。バスケ部とか軽音部とかのほうがよく似合う。同じ部活でなければ、絶対に関わりを持たなかったであろう人種だ。ノリが違うというか、分かり合えないというか。よく話しかけてくるけど、少し相手にしづらいというか。説明するのが困難な部分で、私はこの先輩を苦手としていた。
 だから、一刻も早く帰りたかったのに、まいったな、やっぱりプチシュー美味しい。
 私が三つも四つも食べていると、藻場くんが「おい」と怒ってきた。
「別守、食べすぎ。後輩の分もちゃんと計算して食べろよ」
「こういうのは早い者勝ちだよ。だから私は、みんなが私に遠慮せずに食べまくっても、絶対にみんなを責めたりしない」
「なんでそんな横暴論理を振りかざしてくるんですか、先輩」
 藻場くんや沙奈々ちゃんにそんな小言を言われつつも、早くも五個目のプチシューを堪能している私―――決して自己中ではない―――に、伊蘭坂先輩が口を開いた。
「そんなにこれが好きなんだったら、今度食べに行くか?」
 心臓の奥底みたいなところがもやっとして、同時にぞわっとした。
 こういうところだ。言う相手がいないから、誰にも共感してもらったことはないけれど、私は先輩のこういうところが苦手で、そして、それを誰かに悟ってほしいとも思っている。でも、誰もわかってくれないから、私は表面上和やかに聞こえる言葉を弾きだし、なんとか煙に巻こうとする。
「私、金欠なもんで」
「任せろ。後輩に奢る甲斐性くらいはあるぜ?」
「いやいや、先輩に気ぃ使う常識くらいありますよ」
「なに懐らしくないこと言ってんだよ」
「ええー、それどういう意味ですか」
 笑いながらも、これはもう限界だなと思い、私は今度こそ立ち上がった。鞄を肩にかけ直して、最後に一つプチシューをいただく。それを見た沙奈々ちゃんは「あっ」と漏らした。
「じゃあ、私はこれにてお暇します。みんな、またね」
「先輩、それ、六個目」
「沙奈々ちゃんは今度こそ絵しりとりしよ」
 去り際、捨て台詞のようにそう吐いた私に、沙奈々ちゃんは「六個目」と執念深く言った。
 私は廊下を早歩きしていく。
 もやもやすることが多い。あと、なんとなくそわそわする。
 自分の手首につけているビクトリノックスに触れた。
 硬質な感触に何故だか安堵した。



◇ ◆ ◇




「そういえば、あと少しでハロウィンだね、懐ちゃん」
 翌日の十月二十四日。昼休み。互いの席で向かい合って弁当を食べていたとき、依本がそんなことを口にした。依本はどこか楽しそうだったけど、私はさしてテンションも上がらなかったので、いちごカフェをズズズッと吸い上げてから、「そだね」と返した。
「えー。懐ちゃん、反応鈍くない? 神経通かよってる? 情緒音痴なんじゃないの?」
 季節行事に疎い私を非難した依本に、私は「散々な言いよう」と素直な意見を述べた。そんな私の言葉も無視し、依本はてれてれと笑って続ける。
「私ね、今年も手作りのお菓子持ってこようと思うの。去年はドーナツ作ってきたでしょ? 懐ちゃんはなに食べたい?」
「依本は私になにを食べてほしい?」
「えっ、ええぇ……ヒジキ?」
 依本は、自分のお弁当箱の中に入ったヒジキを、箸でちょいちょいと指した。今日も今日とて学食でパンを買っていた私には箸がない。しかたなく、依本の使っていた箸を借り、ヒジキを食べてあげた。私が「じゃあ、ハロウィンも手作りヒジキでいんじゃない?」と言うと、「ヒジキが海で採れるか山で採れるかは知らないけど、わざわざハロウィン用に育てたくないよっ」と依本は怒ったふりをした。




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