カウントダウン開始 1/5


 撃鉄音がこだまする。もう慣れたとはいえ、金属が一気にひしゃげるような音は鼓膜どころか頭脳を貫く。煩わしくないわけがない。
 足元でカラカラと散らばる薬莢を踏み荒らし、私は刃を獲物へと向けた。
 なんてことのない相手だ。試験とはいえ会場は学校の敷地内であり、これは実戦ではない。相手にする獲物はあくまで無機物。簡易な仕掛けで動く、ピンクの布に巻かれた綿や木材。脳みそどころか本能もない相手なんて、いつも通りにやれば私なら楽勝だ。
 ハルバードを振り回して斧部でピンクの塊を斬る。そのままピックに内蔵された銃の反動を利用して、地面から高く跳躍した。
「キハ! 後ろに一匹!」
 私の声でキハは振り向くも相変わらずのへっぺり腰で、瞬時に迎え撃てそうにはない。ビニール生地のピンクの人形は特定の角度でしか動かない鉤爪を今にも振り下ろそうとしている。彼女の反応では間に合わないと判断した私は、ハルバード槍部の変形式銃口を向け、引き金を引く。キハの後ろにいた獲物は吹っ飛んで、つやつやした生地を花びらのように散らした。
 我ながら今のは見事だった。自分に惚れ惚れしていると、半泣きになったキハが「サヨ〜」と私を見上げる。
「やっぱり無理ですっ」
「いいよ。それなら全部私一人でやるから」
「そしたら私が合格できないじゃないですか!」
「だったらやるしかないよね」
 獲物の頭に着地した私はハルバードを突きたてる。最早ただの足場となった獲物はぐらりとバランスを崩した。すぐさま跳びおりて周囲を確認する。このフロアは広いが障害物が多い。どこから仕掛けの獲物が飛び出てくるかわからない。
 モニターから私たちの動きは見られているだろう。採点している教官や同じ訓練生、その全員の目が集中している。
 俄然燃える。
 私は武器を構えなおして「行くよ」とキハに呼びかけた。
 銃内臓ハルバード。斧槍とも呼ばれる私の武器は、刃渡り1メートル、刃幅2メートル強と大型だ。みんなは扱いにくいと疎遠にしがちだけど、ずっと付き合ってきた私からしてみればこれ以上の武器はない。鋭い槍、その穂先には斧頭、反対側にピックと、活用次第では多芸的多角的な戦闘が可能になる。実にもったいない。この魅力がわかるのは私だけなのかと思うと、寂しい半分誇らしい半分だ。
 鉄骨で組み立てられたタワーの陰から新たな獲物が現れた。
 後ろで聞こえたキハの悲鳴を無視して、ハルバードのピックを引っかけた。右脚を軸に力任せに一回転、遠心力で振り回して、勢いのついたところで真っ暗なほど高い天上へと放り投げる。最高到達点でふわりと静止したピンクの塊を狙撃した。
「お見事です、サヨ」
 落下してけたたましい音を立てるのを聞きながら、私はキハに返す。
「キハも戦わないと点数もらえないんじゃない?」
「タイミングを伺ってるんですよぉ……」へらりと力なく苦笑した。「突然出てこられるのには弱いので」
 確かにキハは突発的な攻撃に弱い。ひとたびアクシデントが起こると冷静な判断ができなくなるし、その場で硬直するなんてザラだ。私はそういうとき体が勝手に動いてしまうタイプなのでキハの気持ちはわからない。パパッと手を出してしまえばいいのだ。トトンと足を踏みだしてしまえばいいのだ。愚図っているあいだに自分がやられてしまったらどうするつもりなんだろう。実戦に出た先が思いやられる。
「あくまでこれは訓練なんだよ? 実戦だと、突然出てこられるのがほとんど。こうやって練習させてもらってると思ってチャレンジしてみればいいのに」
「でも――」
 と、そこで隣にあったタワーが薙ぎ払われた。
 見上げる。
 タワーを薙ぎ払ったのはやはりピンクの獲物。だけど今までの獲物とは少し違う。中身は綿でも木材でも空気でもない、鉄の塊。無骨なボディがつぎはぎの合間からニヤリと顔を覗かせている。正直ちょっとかっこいい。こういういかにもなロボに私は弱いのだ。にしても、壊されることが前提の試験で、まさかこんなものを用意してくるとは。手のこんだ機械仕掛けのそれは、ギチギチと硬い音を鳴らしながら、ブタの足のような両腕を掲げている。
 一瞬だけ呼吸が震える。ぞくりとした。さっきまでのよりもずっと本物に近い。
「体長は十五メートルってとこかな。流石に私一人じゃ倒せないよ」
 唇を噛みしめているキハに私は呟いた。
 今まで仕事のなかった武器を持つキハの手が、ぎゅっと握り絞められる。
「キハ、陽動をお願い」
「……了解」
 キハは両手のウォーハンマーを引くように持ち上げた。
 キハは駆けだす。降りかかってくる他の仕掛けを蹴散らしながら、目当ての獲物のアームを狙う。この豚足さえ潰せばこいつの脅威はグッと下がるだろう。彼女もそこを狙ったに違いない。彼女は障害物を足場に獲物に迫っていく。その間もアームはしつこくその動きを追っていた。
 十分に近づいたところで跳躍し、槌頭の打撃を食らわせる。だが今回の獲物の中身は今までとは違う硬度だ。そう簡単には破壊できない。私のハルバードでは斬ることもできないだろう。悔しいがこの局面での私は無力だ。
 キハもそれを察したのか顔色が一気に悪くなる。
 すぐにべそをかきやすい、彼女によくある気弱い表情だった。
「足元を狙ってキハ!」
 仕掛けの根っこである駆動系の太いバーはおそらくこの獲物の本丸だ。いくらピンクの肌の下に硬い鉄をしこんでいようともこの動力部を壊せば関係ない。打撃を与えつづければ支えも弱まり、自重によって倒壊するだろう。
 その考えをキハも読めたようだ。ウォーハンマーの反対側についたピックを獲物のボディーに突き刺し、ピンクの肌を真下に裂きながら下っていく。着地を決めた彼女はピックについた生地を振り払った。
 キハの武器は、私のハルバードと同じく、ピックと槌頭の両方に銃を搭載したダイナミックハンマー。私のハルバードでは担えない打撃面での攻撃が、彼女の十八番だ。
 パニックに陥りやすい彼女が使うにはアクティブすぎるのではないかと周囲に懸念されていたが、私としてはこれ以上キハにぴったりなものはないと思う。下手に振り回しても何気なしに攻撃できる利点、槌部の重量による遠心力で攻撃力が増す利点、どれを取っても文句なし。私のハルバードと形状も似ているから、ある程度の立ち回りかたなら教えてあげられる。そして私の狙いどおり、彼女は武器をものにしていた。
 キハは何度も何度も打撃を食らわせる。その大人しい性格からは想像もつかないような威力だった。これならもうそろそろオチる。
 ピンクの塊がぐらりと翳ったタイミングで、私は跳んだ。動いていた豚足に着地して、そこからさらに銃の反動で獲物のてっぺんにまで上りつめる。
「どいてな」
 キハに一言忠告をしたあと、私はその場から飛び降りる。体がふわりと浮いた瞬間にハルバードを振りかぶりドンと獲物を叩けば、その塊はあえなく傾き、抉るような音を立てて地に沈んだ。
 障害物の陰に避難していたキハがひょっこりと顔を見せる。すっかり獲物の見当たらなくなった周囲を見回して、私は穂先を下ろした。
 低く震えるようなビープが鳴り響く。
 試験終了の合図だった。
 どこに設置してあるかもわからないスピーカーから教官の声が降りかかる。
『サヨ・キハチーム終了。トータルで84点。実戦訓練前能力測定試験、合格』
 私たちは合格した。それもあの教官にしては破格である84点という高得点で。この得点はすごい。我ながらすごい。私たちの前に試験を受けたチームでもこれほどいい成績を修めたチームはいなかった。つまり学年でも一位である。モニターに映っているのもおかまいなしに、私はガッツポーズをした。



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