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20×× 2月14日 午後16時25分

東校舎3階の廊下にて、本日15回目の襲来を目撃。これで通算27個目である。毎度ながら、今日初めて受け取ったかのような爽やかな笑顔で生徒達にお礼を伝える煉獄先生はとても素敵だ。イケメンだ。手にしているスマホの画面に人差し指で新たな正の字を付け加えながらも一人その場で大きく頷く。

「何やってんだお前。そんな所で地味に覗き見なんかしてんじゃねぇよ」

「げっ!う、宇髄先生…!」

まるで忍者のように物陰からこっそりと様子を伺っていた私の背後にとんでもない巨体の持ち主である宇髄先生が現れた。1、逃げる。2、戦う。3、とりあえず挨拶をする。全てのコマンドが脳内に出揃った所で選択をしたのは、3のとりあえず挨拶をするだった。持ち前の底抜けの明るさで「ちっす!」と挨拶をした私に冷めた視線を向ける宇髄先生の顔は無だ。え、何それ。一体どういう感情…!?

「お前今暇か?暇だよな、そんな所でアホな事してるぐらいだから」

「いえ!全く暇じゃありません!私には課せられた任務があるので!」

「これ、俺の車まで運ぶの手伝え」

「嫌です!てか無理!」

「10分で運べよ。俺今日このまま直帰する予定だし」

職権濫用だ!そう喚く私を放置してスタスタと前を歩いていく宇髄先生。下から舐め回すように宇髄先生に対してガンを飛ばしたがそれは無意味だった。大量の紙袋を両手に抱えて重い足取りで後を追う。手にしている紙袋の中身に視線を下げて大きな溜息を吐いた。

「バレンタインなのに…!バレンタインなのに…!」

大事な事なので2回口にした。そう。今日は年に一度のバレンタインデーである。約2ヶ月前から準備とシュミレーションを重ねてきた私にとって、これ以上に大切なイベントなんてない。クリスマスは冬休みだし、何か理由をつけなければ煉獄先生には逢えない。ってな訳でバレンタインこそは!と物凄く意気込んできたのに現実って奴は中々シビアだ。煉獄先生にチョコを手渡すどころかまさかのパシリ状態である。あれ?私一体何してるんだ?

「にしても重いな…!何だこのチョコの量…!」

「おい、ここに置け。くれぐれもそぉーっと置けよ」

「は、はいっ!」

ドサ!と派手な音を立てて、けれども丁重に車の後部座席に大量のチョコを置く。なんだかんだで大きな一仕事を終えた気分の私は一つも出ていない汗を拭う動作をして謎の達成感に満ち溢れた。煉獄先生も凄い生徒にモテるし人気だけれど、宇髄先生はその倍はモテる。『芸術は爆発だ』と訳の分からん事を言って美術室を爆破した異常者だとは思えないぐらいルックスが優れているからだろうか。確かに周りが騒ぐのも納得が出来る。まぁ、私は煉獄先生一筋ですけども。

「今から告りにでも行くのか?」

「え?」

「チョコ、やるんだろ。煉獄に」

直帰すると宣言した割には紙袋の中から一つチョコを手にして頬を膨らませている宇髄先生が、引き続き冷めた視線で私にそう言った。何で私が煉獄先生の事が好きだと知っているんですか?と質問を返せば、お前アホか。見てりゃ分かる。と宇髄先生は至極呆れた表情で手にしていたチョコを完食した。

「煉獄は鈍感だからなー。チョコ渡すとか周りくどいやり方じゃ多分一生お前の気持ちには気付かねぇぞ」

「良いんです!好きという感情…この恋の炎を絶えず燃やす事さえ出来れば私はそれだけで満足ですから」

「お前…派手に気持ち悪い奴だな」

瞼を伏せて誇らしげに宣言した私の発言に宇髄先生はシンプルに「キモい」と呟いた。うるせっ!イケメンで教師じゃなければ3回は殴ってるからな!とか思いつつも、今はそれどころじゃないと途中で気付き踵を返す。背後から「せいぜい頑張れよー」と宇髄先生が此方に手を振っていたが聞こえてないフリをして来た道を戻った。




「炭治郎!れ、煉獄先生は…!?」

荒い呼吸を整えて夕陽の光が差し込む教室のドアを蹴破るように登場した私に、炭治郎はぎょっ!とした表情で目を丸くさせた。炭治郎が座る席の真向かいに頭を俯かせてうつ伏せ状態だった善逸も同じように目をひん剥かせている。どいつもこいつもけしからんな!と心の中で呟いていると炭治郎が「煉獄先生ならさっき見回りに来て今日はもう帰るって言ってたぞ!」と悲報ならぬ速報を耳にして背筋がピキーン!と凍った。な、何だって…!?偉いこっちゃ!

「何で引き止めてくれないのぉお!炭治郎の馬鹿やろー!!」

「す、すまない…!まさかナマエが煉獄先生に用があるとは知らなくて…!」

「バレンタインなんてクソ喰らえだ!!」

「善逸!?もうその話は良いだろう!」

それまで生きる屍みたいな表情をしていた善逸が物凄い勢いでそこに立ち上がった。顔も青ざめていて血色も悪い。急に何!?と叫べばそれ以上の汚い高音で善逸が「あぁあああああ!」と不満の声を露にした。

「バレンタインなんかさぁ!ほんっっとクソ喰らえだよ!!俺もチョコが欲しい!猛烈に!ウザい程女の子にモテたい!いやモテなくてもいい!でもせめて死ぬまでに一個!誰でも良いから誰か俺にチョコを恵んでくれよぉおおお!!」

目ん玉が飛び出るんじゃないかと思わず心配になる程の仰天した顔で善逸がその場で悶絶をする。その横で「チョコが貰えなくても善逸は今のままで充分カッコ良いぞ!」と炭治郎が何の根拠もないエールを送っていた。恐らくだがこの善逸の訴えは今日一日の中でも何回か波があったのだろう。心優しい炭治郎はきっとその度に善逸を励ましてきたに違いない。

「チョコ!チョコが欲しい!最早この際チロルチョコでも良い!俺は女子からチョコという物体を貰いたい!」

「いや、だから善逸…何度も言ってるが渡す側にもきっと色んな事情があ、」

「はい。これで良い?」

「「…………え?」」

コロン。質素な音を立てて机に2個転がったチロルチョコを炭治郎と善逸が目を点にしたままその行方を追う。キャラメル味と苺ミルク味のチロルチョコのパッケージが上手いこと表面に転がって3人だけの教室内に数秒程沈黙が広がった。

「!ナマエちゃん…!こ、これって…!」

「そ、チョコ。これで良いんでしょ?あげるよ。1ヶ月も鞄の中に放置してた奴だけど」

「ナマエ、良いのか…!?だってこれ誰かに渡すチョコとかじゃ…!」

「な訳あるかい!本命チョコがこんなショボいチョコで堪るかっ!」

てか煉獄先生は!?あぁもう帰宅したんだっけ!そう自己完結をして直ぐに踵を返して教室のドアへと向かう。教室から出る直前に「ナマエちゃぁああん!ありがとぉおお!ナマエちゃんの気持ちはしかと受け止めたからねぇえ!」と善逸が的外れな事を言っていたがこれまた聞こえてないフリをしてさっさとその場を後にした。




「早くしないと今日が終わっちゃう…!」

焦る気持ちと流行る気持ちを両脇に抱えて校門を一気に目指す私。けれども途中靴を履き替えていない事に気付き、やむを得ずUターンをして靴を履き替えた。もう焦っても無駄だ。もう少し冷静になろうと気を取り直して一人トボトボと校門までの道のりを歩く。

「ミョウジ!今帰りか!」

「…………えっ!?」

せめてもの近道で裏庭に連なる教員用の駐車場を横切ったその時。背後から今日何度も声を掛けようとしてはいざとなると怖気付いて断念をしていた私の大好きな声が降り注いだ。

「れ、煉獄先生…!?」

「うむ!こんな時間まで自主学習とは感心だな!次のテストも期待しているぞ!」

「いや違います…!全くそんなんじゃありません!」

「はははは!照れるな!良いんだ、分かっている!ミョウジが誰よりも努力家だって事は!」

「あれっ、どうしよう!話噛み合わないです先生!」

嬉しそうに白い歯を出して笑う煉獄先生の片手には大きな紙袋が握られていて、ドクン!と心臓が波打った。恐らくあの紙袋の中身は私以外のライバル達が手渡したチョコの大群だ。あれから数が増えていなければあの中には27個もの大量のチョコが入っている。そして今私の鞄の中には28個目ならぬ本命チョコを忍ばせている状態だ。よし、渡すなら今だ!こんな絶好の機会を逃す訳にはいかない!そう意気込んで直ぐにその場で大きく酸素を吸い込んだ。

「よし!では気を付けて家に帰る、」

「せ、先生…!」

良い感じに話を纏めようとしていた煉獄先生の言葉を強く遮って背筋をピン!と伸ばしたまま煉獄先生を引き止める。そのまま肩に掛けていた鞄のチャックを開けて昨晩綺麗にラッピングをしたチョコの箱を取り出した。両腕を真っ直ぐと伸ばして深く頭を下げた私が「受け取ってください!」と大きく叫ぶ。頭上には二羽の鴉がカァカァと気持ちよさそうに鳴いては大きな翼を自由に広げていた。

「す、既に一杯…他の女子生徒から渡されていてうんざりだとは思うんですが…」

「……………」

「う、受け取って貰えないでしょうか…心込めて作りました!手作りです!」

本命です!そう心の中で盛大に叫んで、再びそこに深く頭を下げた。緊張からか少し手が小刻みに震えている。相手はあの優しい煉獄先生だ。絶対に拒否される事はないと分かっていてもそれ以上に心臓が早鐘を打っていて煩い。口から心臓が飛び出しそうだ。

「………俺に?」

「?は、はいっ…!勿論…!」

「そうか…俺に。チョコ…ミョウジが」

「せ、先生…?」

まるで初めて言葉を覚えた赤子のように、つたない言葉を繰り返した煉獄先生は目を丸くしてとても驚いているようだった。あれ?想像していた反応とは全然違うな…てっきり爽やかに、余裕綽々な感じでサラっと受け取ってくれるもんだと思っていたのに。

「ふむ、予想外だったな…とても感慨深い」

「え?な、何がですか…?」

顎に手を当てて、その場で腕を組んだ煉獄先生が目を細めて少し遠くを見つめていた。その端正な横顔にうっとりとしていた自分の頬に拳を当てて再び目の前に居る煉獄先生へと視線を戻す。

「いや…こっちの話だ。気に留めなくて良い」

「は、はぁ…」

「有り難く頂戴する。ありがとな、ミョウジ!」

「!は、はいっ…!」

よ、良かった…!何だかよく分からないがとりあえずの所は喜んで貰えたらしい。私から受け取ったチョコを手にした煉獄先生は、眉を下げてとても嬉しそうに笑っていた。笑うと少しだけ幼くなる煉獄先生の顔が死ぬ程可愛いくて、そしてそれ以上に私も同じように嬉しくなって。気付けば私も一緒になって頬を緩ませては笑みを溢していた。

「陽が暮れてきたな。夜道は危ない、送ろう!」

「……………えっ!?」

そう言って、車の助手席のドアを開けた煉獄先生が私に「おいで」と優しく声を掛ける。チョコを受け取って貰えただけでも充分なのに、家まで送ってくれるというサプライズな展開に全く現実が追いついていかない。千鳥足で辿り着いた煉獄先生の車の前でぼんやりと立っている私に、既に運転席に腰を降ろしていた煉獄先生が「乗らないのか?」と下から私の顔を覗き込んでくる。

「の、乗ります…!」

「うむ!良い返事だ!」

取り敢えず言われるがまま助手席に腰を降ろして、ぼんやりとした視線で前を見つめた。エンジンを掛けた煉獄先生の車がゆっくりと前に走り出す。何個目かの角を曲がって見えてきた大きな交差点前で信号に引っ掛かり、カチカチと車のウィンカー音だけが二人だけの車内に響き渡っていた。

「せ、先生…」

「どうした?」

「チョコ、大量ですね…全部食べるんですか?」

「あぁ、勿論全部食べる!可愛い生徒達からの贈り物だからな!」

前方を見据えたまま、そうハッキリと答えた煉獄先生の横顔はとても綺麗だった。何の迷いもなく、全て平らげると宣言をした煉獄先生のそういう優しい所が私は大好きだ。きっとあの紙袋に入っている大量のチョコの中には、私のように教師と生徒という枠を超えた深い想いが詰まっているチョコも沢山ある事だろう。良かったね、みんな!煉獄先生全部食べてくれるって!

「?やけに嬉しそうだなミョウジ。何か良い事でもあったのか?」

「いいえー!お気になさらず!…あ、先生。信号が青に変わりましたよ」

「あぁ、そうだな」

再び走りだした車の窓から、ガラス一枚を隔てて通り過ぎていくカップル達をぼんやりと眺めていた。どの人達も皆んなとても幸せそうだ。互いに身体を寄せ合い、嬉しそうな表情で街を歩くカップル達ほど眩しいものはない。何年後でも良い。いつか煉獄先生と二人肩を並べて、この道を歩く事が出来たら良いなと、一人そんな妄想に耽っていた。

「ミョウジ、次の道は真っ直ぐで良いのか?」

「は、はいっ…!真っ直ぐで大丈夫です!猪突猛進でいっちゃってください!」

どっかのやかましいクラスメイトの口癖を借りてハキハキと答えた私の発言に煉獄先生は楽しそうに笑っていた。そろそろ家の前だ!という時に、その少し手前で車を停めた煉獄先生が此方にゆっくりと振り向く。紅くキラキラと光る煉獄先生の瞳は相変わらずとても魅力的で、目が合った瞬間一気に頬が熱くなった。

「先生、送って頂いてありがとうございました!宜しければお茶でも飲んでいかれますか?」

「いや、遠慮する。家庭訪問でもないのに突然俺がお邪魔をすればミョウジのご両親をさぞかし驚かせてしまうだろう!」

「そんな…!別に良いのに…」

あからさまに肩を落として残念がっている私に気付いたのか、煉獄先生の大きな手が頭に乗りポンポンと二度優しく頭を撫でてくれた。その行動に驚いた私が俯かせていた顔を引き上げると、そこには眉を下げて困ったように笑う煉獄先生が。何処かしら大人の表情で、けれども何処か憂いを帯びて微笑む煉獄先生の表情に思わず見惚れてしまう。

「また明日、学校でな!」

「!はいっ!」

最期に運転席から腰を上げて、助手席のドアを開けてくれた煉獄先生はとても紳士で大人の男の人だった。ただ見ているだけで良い。永遠の憧れの人なんだと言い聞かせていた過去の私はもういない。私の手を取り、腰に手を添えて微笑む煉獄先生との距離を更に縮めていくにはどうすれば良いのだろうか。教師と生徒の垣根を越えるには、まだまだ何枚もの分厚い壁があるようだ。



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