■ ■ ■

空が、紅に染まる。日々の鍛錬を終えて炎柱である煉獄さんと二人、縁側に腰を降ろしていた。隣で日輪刀の手入れをしている煉獄さんの横顔を横目で盗み見をしながらも、心の中で『好きです!』と叫んだ。最早日課とも言えるこの台詞。想いを伝える気は今の所サラサラないけれど、心の中で想いを募らせるのは自由だ!と開き直っていた私の視線に気付いた煉獄さんと至近距離で目が合った。

「うむ!俺も好きだ!」

シンプルに、何なら朝の挨拶のようなテンションでサラリと私にそう言った煉獄さん。「は?」と、思わず口からこぼれ落ちた失礼極まりない感想と、自分の思考回路がそこでプツンと途切れた。

……………え?今、なんて?

「俺も好きだ!」

「え?」

「俺も好きだ!」

「ああああ!分かりました!聞こえてます!」

身振り手振りで上下左右に両手を振り翳したまま、とりあえず一旦煉獄さんの発言を横から中断させた。「聞こえたなら良い!」と意気揚々と答えた煉獄さんは相変わらずどこを見ているのかが分からない。そしてついでにその言葉の心理も分からなかった。

「あの、煉獄さん…」

「なんだ!」

「もしかして……私、口に出してました?」

いや、まさか。そんなアホな。蒼白い顔をして、今にも心臓が潰れそうな想いを背に煉獄さんに真相を問いただしてみる。何かの間違いであってくれ!と願う自分の気持ちとは裏腹に、煉獄さんは「あぁ、バッチリと口に出していた!」と選手宣誓のようなハイテンションでハキハキと返事を返してくれた。

「す、すみませんっ…!私、決して口に出す気は…!」

「なんだ、そうだったのか。それは早とちりをしてしまった」

「いや、別にその気持ちに嘘偽りはないんですけどね…」

「君の言う、好きとはどういう意味での好きだ?」

「えっ!」

手入れを終えたのか、自分の横にコトンと日輪刀を置いた煉獄さんは至極冷静にそう言った。ど、どういう意味での好きって…そんなの一択しかないんですが…

「つ、継子の立場として…!師範である煉獄さんをお慕いしているという意味です…!」

「……………」

う、嘘を吐いてしまった。でも確かにそういう意味での好きも勿論含まれているのだからある意味嘘ではないけれど。ダラダラと、一人焦りからくる冷や汗を拭いながら発言をした私に、煉獄さんは目を丸くして此方を見つめていた。紅くクリクリとした煉獄さんの瞳の奥に、顔から火が出そうな程頬を真っ赤に染めた自分の姿が映っている。ど、どうしよう…流石に無理があるかな。

「そうか、分かった」

煉獄さんからの返事が怖くて、俯かせていた頭を無意識に上げて隣に視線を向けてみる。夕暮れの空は紅く染まっていて、気持ちよさそうに上空で飛んでいる鎹鴉もどことなく嬉しそうに見えた。そろそろ陽が沈むタイミングもあってか、見上げたその先に存在していた煉獄さんの頬も夕陽と同様に一部紅く染まっていて、ただ単純に綺麗だなと、そんな事を思った。

「ミョウジがそう言うのなら、そういう事にしておこう」

眉を下げて、少しだけ困ったように笑う煉獄さんの表情はとても優しかった。バカみたいにその場でぼんやりとしていた私の頭の上に、煉獄さんの大きくて暖かな手がポンと乗る。

「腹が減ったな!何か食べに行こう!」

「……は、はい!」

今日の気分はさつまいもの味噌汁だな!そう口にして、勢いよくその場を立ち上がった煉獄さんに、今日の気分も何も毎日それ食べてますよね?と心の中でツッコんだ。既に少し遠くに居る煉獄さんが、笑顔で私を呼び寄せる。最早自分の気持ちは彼にはダダ漏れなんだろう。シンプルにそう思ったけれど、今は敢えて想いはバレてはいないという自己都合の設定にして、普段通り、煉獄さんの後をすぐに追った。




「それって、煉獄さんもナマエの事が好きって事だな!」

秋の木枯らしが吹く中、ニッコニコの満点の笑顔で炭治郎は自分の事のように嬉しそうに笑った。雲一つない、晴れやかな晴天のようなその笑顔は、人の醜い想いとか、汚い部分は何一つ存じ上げまてん!とでも顔に書いてありそうな程である。いいなぁ…心が綺麗な人って。

「違うよ。それは絶対違う。煉獄さんはそういう意味で言ったんじゃないと思う」

「なんで?俺はそうは思わないな」

「炭治郎がそう思わなくても、現実はそんなに甘くはないんだよ」

「うーん、ナマエの言ってる意味が分からないなぁ」

「俺は分かるぜ!ナマエちゃんの気持ち!」

「だろうね!私も善逸なら分かってくれると思ってた!」

ガシィ!と、まるで男同士の友情を確かめ合うかのような熱い抱擁を善逸と交わす。そして女に免疫がない善逸は速攻で後ろに倒れた。「炭治郎、お前は恋ってもんを全っ然分かってない!そんなんだからカナヲちゃんとも未だに何も発展しないんだぞ!」と暫くして復活を遂げた善逸は、偉そうに炭治郎に向かって指をさした。

「?何でそこでカナヲが出てくるんだ」

「あああああ!もぉおお!世の中のリア充共全員爆発しろっ!!」

今にも目ん玉が飛び出そうな勢いで、恨めしそうな表情をした善逸が「ああああ!」と汚い高音を大にして無駄に叫ぶ。煩い。

「でもさぁ、俺本当にナマエちゃんの気持ちがよく分かるんだよぉ…俺もさ、今まで何回も何十回も禰豆子ちゃんに想いを伝えてるんだけど禰豆子ちゃん口に竹を咥えてるから、ん?で終わるだけなんだよぉお。まぁそれも可愛いすぎて毎回俺は死にそうになるんだけどね?でもあの虚しさと言ったらなんというか例えようがない想いなんだわ、いやまじで」

「いやそれ仕方ないやつじゃん。てか多分禰豆子ちゃんは善逸のその気持ちはまだ理解出来ないと思うよ」

「ちょっと待て善逸!禰豆子はまだそういうのは早い!」

「うるっせぇ!てか炭治郎!俺はお前にだけは言われたくない!」

話の軸がいよいよ横に逸れて来た。よく分からない流れをとりあえず一旦止めて、ギャアギャアと2人が喚いているのを何とか宥めて抑えてみる。煉獄さんとある意味似ている熱い性格の炭治郎と善逸は本当に仲が良い。仲が良すぎて真正面からぶつかり合うせいか、衝突も絶えないのがたまに傷だ。

「とにかく、俺は毎回煉獄さんからはナマエに対する匂いは優しいものを感じる」

「そりゃそーでしょうよ。だって私、継子だもん」

「いや、そうじゃなくて…」

「恋ってさ、中々自分の思い通りにはいかないもんだよな」

「だね。とりあえずさ、この前うっかり発言した告白まがいの言葉は無かった事にしていいかな。良いよね?良いと思うよね?ね?」

半ば強制的に2人に同意を求めてみたが、炭治郎だけは最後まで納得がいかないとでも言いたそうな顔をしていた。だが許して欲しい。もうここまで来たら現実逃避でもしない限り恥ずかしさは一向に消えないのだ。豆腐メンタルの今の自分にはどうにもこの羞恥心には打ち勝てそうにない。だからそこは全力で話を合わせて欲しいと歳の差の権力を使って強く主張をしておいた。(因みに2人はまさかの私の後輩に当たるという事実…!)

『俺も好きだ!』

煉獄さんのあの言葉の真意は未だによく分からない。けれど、どんな意味であれ、あの言葉は絶対に嘘じゃない。それだけは分かった。そもそも私は、側に居てくれるだけで、継子として剣術を教えて貰えるだけで充分だったのだ。今更彼とどうこうなろうとか、ましてや炎柱でもある煉獄さんと天と地程の差がある自分が、そんなおこがましい事を考えていい身分ではないと改めて自分で自分を戒めるべきであって。

「よし、もう良い大人だ。あれは無かった事にしよう…」

グっと拳を握り、1人心の中でそう小さく誓った。何とか無理やり切り替えた気持ちを抱えて、炎柱邸へと戻ったその夜、煉獄さんはいつものようにさつまいもの味噌汁を食べながら「美味い!」と叫んでいた。その表情を傍らに、やっぱり顔を見てしまえば好きという感情が独り歩きをして、ドキドキと大きく心臓が早鐘を打ったのはここだけの秘密に留めておきたい。



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