好きだ、と想ったあの気持ちに嘘はなかった。会話をして、距離が縮まって、当然の様に惹かれて。辿り着いたその先は、決して永遠に続くようなモノじゃないと何処かで分かってはいたけれど、でもその時の自分が楽しいと思えれば、ただそれで良かった。

『会う時間がない、連絡が取れない、喧嘩さえも出来ない、寂しい』

そう泣き崩れる彼女を前に、守ってやりたいと本気で思った。俺がそこから救い出して、代わりにあんたを幸せに出来たらと。

『現実はそうそう、夢みたいに上手くはいかないよね。お互い』

でも今になってあの時のあんたの言葉が胸に響くよ。だからそろそろあんたも目を覚ましなよ。

『夢の時間は、もう終わりだ』と。





「………何で俺がここに居るって分かったんスか?」

「SNSで涼太がここに居るってネット上で大騒ぎになってたから…」

「なるほど、そりゃそうなるよね。こんな可愛い子と一緒にデートしてたら周りがほっとく訳ないっスもん」

ね?ナマエっち!と、ニッコリと得意のスマイルを貼り付けて、隣に居るナマエっちへと同意を求めてみた。が、それ以上に訪れたのは重たい空気。あー、まぁ分かってはいたけど、思った以上に空気死んだな。とか、そんなどーでも良い事を脳裏で考える。

「………き、黄瀬君…!」

そんな無茶ぶりな発言を口にしたその直後、顔を真っ青に染め上げたナマエっちがヒィっ!と言わんばかりのテンションで俺の言動と行動を制止するかのような奇怪な声を挙げた。そして何故かそこで勢いよく挙手をし、「あのっ…!わ、私今日はこの辺で失礼します…!」と宣言をし、まるで追手から追われているコソ泥のようにスタコラと分が悪そうにしてこの場を後にして行った。

「…………普通置いてく?この状況で、俺を」

まさかとも取れるナマエっちの行動に内心酷く笑ってしまった。まぁ、気持ちは分からなくもないけど、でも普通にここであの行動はないっしょ。ほんっと予測不可能な女っスわ、ナマエっちって。

「でもまぁ…」

今はこっちの方が先か。心の中で小さく呟き、目の前に立つ女へとゆっくりと視線を戻す。改めてよくよく観察をしてみると、恐らくだが彼女とこうして真正面から向き合う形を取ったのは久々のような気がした。今にして思えば、ここ最近の俺は彼女と正面からぶつかるのを避けていたからな…そりゃ当然と言われれば当然の事なのかもしれない。

「何か、痩せた?自分。ちゃんと食ってんスか」

「………うん、まぁボチボチ…」

「あっそう…なら良いけど。……で?」

「え…?」

そこで一旦会話が途切れた。特に世間話をする気もないし、何より先に置いて行かれたナマエっちの事が気になって気になって仕方ないし、さっさと本題に入ろうと自分から先手をきる事とした。

「俺に何の用っスか」

「………………」

やれやれ、と言わんばかりのテンションで溜息交じりに疑問の言葉を突きつける。でもいちいち相手に確認を取らなくても彼女が俺に対して言いたい事は充分すぎる程分かっていた。

「…………ミョウジさんと居たの?今日…ずっと」

「………………」

「涼太…私、納得なんて全然してない。別れるなんて嫌…」

「………………」

「………っ、…こんなに好きなのに、…涼太の事…っ…!」

諦められない。そう言って、俺の事が好きだと、何かの呪文のようにただひたすら訴え続けてくる彼女の姿をぼんやりとした意識の中で視線を向けた。身体を縮こませて、顔を地面に俯かせ、溢れ出て来る涙を必死に拭いながら、彼女は今俺にしがみつこうと必死なんだろう。きっとあの頃の俺は、彼女のそういう飾らない、ありのままの自分を見せてくれる部分に惹かれたのだと、今なら分かるけど。

「俺だってずっと好きだったよ…あんたのこと」

「……っ、…え?」

「別にそれは嘘じゃない。守ってやりたいって本気で思ったし、泥沼にハマって、迷路から抜け出せなくなってたあの頃の自分を救い出してくれたのだってあんただった」

「…………涼太、」

だから感謝してる。ありがとう。そう口にして、何かを祈るようにそっと瞼を閉じた。……そうだ、あの気持ちに何ら嘘はない。多少捻じ曲がった想いではあったけれど、でもだからと言ってそれが全部が全部嘘だったのかと誰かに聞かれればそれは違うとハッキリと断言出来る。


『頑張ろうね、お互い。夢に向かって』


もしかすると、彼女は俺にとっては少し眩しくて遠い存在だったのかもしれない。あの頃はお互い似た者同士で、対等かそれよりも自分の方が少し上の立場だとさえ思っていたけど、でも今にしてみればそれは間違った判断だったのかもしれない。

「本当はさ、あんただってもう分かってるんじゃないんスか?」

「……っ…え?」

「そもそも俺はあんたの世界に土足で入り込んで来たサブキャラじゃないっスか。よくよく思い出してみなよ。元々あんたの隣には誰が居たのか」

「………………」

「今俺の事を好きって想うその気持ちは、きっとただの幻想にすぎないと思う。ほら、よく少女漫画とかでもあるじゃないっスか。最初はヒーローに恋してた筈なのに、途中で自分の気持ちがよく見えなくなって迷走して、その隙に突如として現れてきた謎の当て馬キャラに一瞬心惹かれちゃう!みたいな」

「………………」

「でも大概どの物語も、結局は最後ヒーローの元へと戻って行くじゃないっスか。それと同じだよ、きっと」

「涼太…」

自嘲気味に薄く笑う俺に、彼女は何か言いたそうに、だけど何かを抑え込むようにしてぐっと口を噤んだ。きっと、それは違うとでも言いたかったのだろう。でもその反面何も口にする事が出来なかったという事は、少なからず俺の意見に何処か納得をして同意したからだと思う。

「この前はごめんね、最後にあんな酷い事言って沢山傷付けて」

「………っ、ううん…」

「俺さ、昔から謎の自論があって。ほら、男と女ってどんなにお互い大切に想ってても結局は奥深い所までは分かんなかったり読めなかったりするじゃないっスか。…だからその関係が終わる時程悲しくて辛い事ってないと思うんスよ」

「………っ、」

「だってそれって結局、その恋を諦めたって認めた事になるでしょ?自分から先にその場所を手放したんなら、下手に良い想い出を残すより、最後は相手を嫌いにさせる程ヒール役に徹した方がお互いの為でも自分の為だとも思ってて、」

「…………」

「だから、」

そこで大きく空気を吸い込み深呼吸をする。吐き出した息が何処かすがすがしい。前を見据えて、心を落ち着かせて、前からずっと目を背けてきたこの苦い感情と自分自身の弱さに手を振った。

「俺はあんたの事はもう好きじゃない」

さようなら、先生。最後まで困らせてごめんね。そう最後に付け足して、その時の自分に出来る、精一杯の笑顔で彼女に片手を差し出した。何かを吹っ切るように握り締めたその手は、ただただ暖かくて、でもそれ以上に感謝と謝罪の気持ちで一杯で。結局彼女に俺はどう思われたかったんだよ!と内心自分にツッコミを入れている俺に「全然ヒール役になれてないよ、黄瀬君」と、彼女が笑う。互いに初期の呼び方で笑い合う自分達の表情は、最初に教室で言葉を交わしたあの日の笑顔とよく似ているような気がした。

「あの子にはちゃんと伝えたの?自分の気持ち」

最後に軽く言葉を2、3交わしてその場を後にしようと踵を返したその時、背後から聞こえて来たその発言にピタリと足を止めた。思わず瞬きをするのも忘れて自分でも分かる程の驚いた顔をしながら、ゆっくりと後ろに振り返る。

「何よ、その顔。言っとくけど全部お見通しなんだからね。だてに歳食ってないから」

「……………」

「今度、ミョウジさんにもきちんと謝っておかなくっちゃ。きっと彼女には沢山色々気を負わせてしまっただろうし、………それに、」

「………それに?」

「ううん…何でもない。そこは私が出しゃばる所じゃないと思うから」

「はは、なんスかそれ。タチ悪!」

「黄瀬君にだけは言われたくありませーん」

「そりゃどーもっス」

「褒めてない」

プク、と頬を膨らませて怒ったような顔を作る彼女に対して、久々に心の奥底から腹を抱えて笑った。そしてひとしきり笑い終えて、最後に彼女からの質問にこう答えた。

「俺、今度はサブキャラじゃなくってヒーローになりたいんスよ。ナマエっちだけのね」

『それを今から伝えに行くとこ』それだけ言い残してその場を去る。ポケットの中から携帯を取り出して耳に押し当てながら、大勢の人混みを掻きわけつつも前へ前へと進む。全速力で数々のショーウィンドウを通り過ぎながら、頭に思い浮かぶのはただ一人だけ。

「つーか、また追い掛けっこっスか…!」

掛けても掛けても一向に出る気配のない発信相手に若干焦りを覚えながらも、引き続き俺の足の速度は変わらない。バスケ部エースなめんなよ!そんな事を思いつつもふと横に逸れた視線の先は、つい何時間か前にナマエっちと一緒に歩いた大通りだった。その場所は丁度交差点となっていて、最早彼女が何処の方向に向かって行ったのかさえも不明だ。

………………でも、

「絶対捕まえる…!」

一人息絶え絶えにそんな事を決意しながらもふと視界に入ったある場所。若干グチャグチャしかけていたあらぬ思考回路を一旦止めて、はぁ、と一息つく。まるでその光景は、必然のようにも思えた。俺が惹かれた子は、ちょっとやそっとの事じゃ動じなくて頑固な性格だから、たまにはこういう強引なやり方だってありなのかもしれない。そんな事を思いながら。





『涼太…!!』

その声を聞き入れた時、全てが終わったと思った。でも本当はそれ以上に、心の何処かで手遅れになる前で良かった、とも思った。始めから分かっていた事だ。この恋の結末なんて。

「何勘違いしてんだ、私…」

ちょっと優しくされたからって、ちょっと笑ってくれたからって何だっていうの?彼が手に入る訳でもないのに、毎回毎回馬鹿みたいに舞い上がって恥ずかしい事この上ない。そもそも二人だけの世界に無防備に片足を突っ込んで行ったのは私じゃないか。どの面下げて被害者ぶってんの。自分で自分の尻拭いさえも出来ないなら、彼を好きでいる資格なんて私にはないのに。

『あの女、俺以外にちゃんとした本命がいるんスよ』

そこまで考えて、前に黄瀬君が言ってた言葉をふと思い出す。………きっと、先生も気付いたんだ。自分には黄瀬君しか居ないって。だから今日ここに来たんだ。だったらもう私の役目は終わり。脇役は脇役としてここはちゃんと空気を読んで去るべきだ。

『わ、私今日はこの辺で失礼します…!』

でもやっとの思いで自分の口から出て来たのは、何とも言い難くしょぼくて陳腐な言葉だった。本当に私って女は最後の最後まで決まらない奴だな。そんな事を思いながら、人通りの多い大通りへと突き進む。

「ここ…」

その途中、ガヤガヤと騒がしい喧騒の中ピタリとその場に足を止めた。そこはついさっき、黄瀬君と最後に二人で訪れたお気に入りのアクセ屋さんの前だったからだ。


『良いじゃん、それ。つけてみたら?』


「……………傷が癒えたら、今度一人で買いに来よう」

まるでお葬式のお供え物的な感じで。とか、そんなどうでもいい補足を付け加える。ズズっと、今にも零れ落ちそうな涙と鼻水を啜りつつも、一人その場でディスプレイされているそれをじっと見つめた。それはあのお目当てのアクセじゃなかったけど、でも何だか今の自分にはそれさえも全てが淡い想い出の一部としか見れなくて、ずっと堪えていた筈の涙が遂にそこで零れ落ちる事となってしまった。

『俺、ナマエっちのそういう破天荒な所も好きだよ』

『次のデートは、今日お互いに買った服着て行こうね』


「………何が…っ、次のデートだよ…そんな日なんて…もう二度と来ないじゃん…っ、」

道行く人達が、そこで泣き崩れている私を不思議そうに眺めて、首を傾げながらも通り過ぎて行く。当たり前だ、何やってるんだ私は。状況は絶望的。回避する手立てもない。きっともう、友達にさえも戻れない。助けてくれる人も、心配して追って来てくれる人も居ないこの状況下で、馬鹿みたいにも程がある。

『何で泣いてるのかは知らないけど、俺の前では無理だけはしないで』

だって、いつだって私のこの小さな変化に気付いてくれる人は、世界にたった一人だけだったから。気紛れで、勝手で、顔だけは良いけど肝心の中身は歪んでるあの男に全てを見透かされて、でもそれが結局何だかんだ嬉しくて。私は今まで何度だって、彼自身に元気を貰い続けて来たから、もう今更他の方法が思い浮かばないんだよ。

「……………苦しっ、」

久々に恋をした相手は、学校一のモテ男であり王子的存在な人だった。だけど徐々に距離を縮めて行く程、この世には完璧な人なんて居ないのだと思い知らされた。人はどうしてこんなにも辛い想いをしてまで、誰かに恋をするのだろうか。結果的に実らなかったとしても、それでもいつかあの頃は良い想い出だったと、心の何処かに記憶を残していけるものなの?

「ねぇ…!あの人…!よく雑誌に載ってる人じゃない…!?」

そんな事をグルグルと考えていた時の事だった。突如として四方八方から黄色い歓声が湧き上がり、何事かと一旦自分の中での思考回路が停止した。が、よくよく考えてみればそんなあらぬ悲鳴を向けられる人物は早々居ない。…と、いう事はだ。

「はぁっ…、もーやっと見つけた…!」

「……っ………黄瀬君、」

つーかナマエっち、何で電話出ないの。もう追い掛けっこは止めにして欲しいっス!

とか何とか言いながらそこに立っていたのは、息も絶え絶えな黄瀬君だった。なんで。その言葉を口にしようと思った瞬間、地面に蹲っていた私の腕を強く引いて彼は即座に人気のない方向へと私を連行して行く。「痛い、離して…!先生は!?」とか、その途中途中で彼に向かって思うがまま声を荒げて訴えてみたがことごとく無視をされた。その塩対応に心が完全に折れそうになりかけていたその時。ようやく彼が口を開いたのは、ビルとビルの狭間でもある、まさに薄暗くて下手したら殺人事件でも起こりそうな人気のない場所だった。や、殺られる…!?

「ちょっと何いきなり…!てか黄瀬君、先生は…!?駄目じゃん、一人にし、…!」

互いに向き合ったその瞬間、取り敢えず一発目何か文句を言ってやろうと口にしたその言葉は思うようには喋れなかった。当たり前だ。ダン、と少々荒く壁に両手首を黄瀬君に拘束され、そして次の瞬間には有無を言わさず唇を塞がれたからだ。顔の角度を違わせて、彼に何度も何度も深いキスを繰り返される最中、掴んでいた筈の私の両手首は解放され、そして次に気付いた時には自分の後頭部と腰に彼の両腕が移動していると気付く。途中、酸素を求めて小さく開けた唇の隙間から、逃がさんばかりに彼の舌が絡み付いてきて本当に冗談じゃなくて死ぬかと思ってしまう程だった。当たり前だけど、昼間彼にされたキスとは桁違いのレベルって奴だ。勿論、力も抜けるし引き続き文句を言う暇もない。

「ちょっ…!黄瀬く、」

「涼太、」

「……っ、…え?」

暫くしてようやく離してくれた唇から、互いの吐息がはぁ、と漏れた。予想だにしてなかった突然のキスの嵐に、力が抜けてヘロヘロ状態の私が背後にある壁づたいにズルズルとそこにしゃがみ込む。そんな私の後を追い掛けるようにして一緒にそこにしゃがみ込んできた黄瀬君が、自分の名前の呼び方について小さく訂正を求めてくる。

「黄瀬君、じゃなくて涼太。そう呼んで」

「…………な、なんで?」

「いいから、はいどーぞ」

「………………えっ!今!?」

「そう、今」

リピートアフタミー?セイ、りょーた。

そう言って、自分の耳に手を当てた黄瀬君がまるでどこぞのラッパーかのような煽り台詞を入れてリクエストを送ってくる。正直全くもって意味不明だが、取り敢えずの所は彼のそのリクエストに応える事とした。何故ならツッコむのが面倒だから。

「りょ、りょーた…」

「はい、次は漢字っぽくー」

「りょ、涼太…」

「うん、そうそう。やば、つーかまじ可愛いんスけど」

「…………………は!?」

ほんと、ナマエっちって何処まで俺を振り回す子なんスか。あ、分かった。魔性の女って奴?とか、つらつらと意味不明な言葉をそこに繰り広げていく黄瀬君。終いには勢いよく腕を引かれて、彼の大きくて体格の良い腕の中へとすっぽりと納まってしまった。………あ、あれ?あれれ?なんだこれ…なんだこの状況は…つーかごめん、もう何か全てにおいて意味不明なんですけど。誰かどーにかして…!

「………ナマエっち、」

「は、はい…?」

「何かずっと勘違いしてるようだけど、俺が好きなのは先生じゃないからね」

「…………………え?」

そこまで口にして、黄瀬君は小さく息を吐いた。そのまま抱き締められた状態で、背中に廻された腕に彼の強い力が更に加えられては少し苦しくなる。

「さっき、ちゃんと別れてきた。先生と。……って言っても、俺の中ではちょっと前に既に別れた気でいたんスけどね」

「………わ、別れてきた…!?って…なんで…」

「なんでって…今のこの状況を見て、わざわざそんな事俺に聞くんスか」

「………………」

「はは、鈍い女」

じゃあそんな子には、やっぱりここまでしないと俺の気持ちは伝わらないんスね。

そう言って、何処かからかうかのような表情でクスクスと楽し気に笑った黄瀬君は、ポケットの中から小さな箱を取り出し、そしてまたそれをパカっと開けた黄瀬君の綺麗な指によって軽く絡まっては、じゃーん!と左右に振り子のようにして登場した。軽く放心状態の私を前にして、彼はニヒヒと悪戯っ子のように笑っては小さく口の端を上げる。

「これ、って…」

「そ、さっきナマエっちが見惚れてたネックレス。受け取って貰える?」

まぁ、無理って言われても強制的に渡すんスけどね。そう言いつつも、黄瀬君の身体が再び近付いてきては首の後ろへと腕を廻される。そしてカチ、と金具を取り付けた音が小さく響いては、顔を離した黄瀬君とその場で目に薄い膜を張った私との視線と視線が交差し合った。

「………俺が好きなのは、ナマエ。ナマエ一人だけ」

「…………っ、…」

「先生でもない、他の誰でもない、ナマエだけだよ」

「きせく…っ…」

「違う違う、涼太でしょ。そこは」

「…………うんっ…」


『涼太、私も好き…!』


そう絞り出すかのようなか細い声で、何度も何度も自分の気持ちを目の前に居る彼へと想いを伝え続けた。想いを口にしたのは初だったけど、そんな私の告白に特に驚く素振りさえ見せなかった涼太の手がそっと私の頬を撫でる。その優しい温もりとしぐさに増々言葉にならない程の想いが溢れ出してきて、そこでようやくこれは現実なんだと再確認出来た。嬉しさからなのか、安堵からくる涙なのかは最早自分でもよく分からなかったけれど、でもそれでもより一層胸は苦しくなる一方で、良い意味での切なさで胸の中は一杯となった。

「…………ナマエ、」

「ん…?」

「ナマエ、」

そう何度も何度も彼は私の名前を呼んだ。まるですれ違っていた時間を埋めていくかのように。何度も、何度でも。左頬に添えられた手で少し上に角度を傾けられ、そしてもう片方の手で前髪をくしゃりと撫でられては徐々にその手の動きは耳元へと移動していく。辿り着いたその先でそこに唇を寄せられては耳元で「もう俺、お前しかいらない」と囁かれた。

「………涼太、私もだよ…っ、私も涼太しかいらないよ…」

子供みたいにえぐえぐと泣きながら伝える私に、涼太が困ったようにして笑うもんだからまた馬鹿みたいに泣けてきて、それ以上に苦しくって。好きという気持ちに限度なんてモノはないんだろうなと、その時本気で心の奥底からそう思った。

「俺、今までナマエに頼りすぎてきた感ありありで正直頼りないと思われてると思うけど、違うから」

「……………え、」

「これからは、俺が全力でナマエの事を守る。絶対幸せにするし、もう二度と辛い思いなんかさせない。………だから、」


『俺の彼女になってください』


そう言って、互いの額と額をコツンとくっつけて、少しだけ気恥ずかしそうに照れ笑いをした涼太の胸に大泣きしながら飛び込んだ。勿論、返事はyes。当たり前だ。当たり前に決まってる。……だって、ずっとずっと欲しかったから。欲しくて欲しくて堪らない人だったから。

「……うっ、良かった、今日が失恋記念日にならなくって……っ」

「はは!なんだそりゃ、そんな事天変地異があったとしてもありえねーっスから。………つーか、そんな事より…」

「……………えっ?」

告白って、こんなにも緊張するもんなんスね!まじ緊張した!まじ死ぬかと思った!でも良かった成功して!!

とか、らしくない発言をした涼太が可愛いくて可愛いくて、彼の背中に廻した腕の力を更に強めたと同時に大声で笑ってしまった。でも「何笑ってんスか。そんな子にはお仕置きするよ」と、涼太が悪い顔をして再び私の顎を持ち上げては唇を塞いでくるもんだから、私の嬉しさからくる笑い声はそこで強制終了となってしまった。始めは軽く、次は啄むように、そしてそこで一度互いの視線が交差して、最後にどちらともなく深いキスを求め合う。


『だって、ナマエっちは俺みたいなタイプ苦手でしょ?』


そう、苦手だった。……いや、ある意味今でも苦手な類なのかもしれない。こんなにも苦しくて、こんなにも嬉しい喜びを同時に与えてくれた涼太の事が。だけどそれは今となっては必要な事だったのかもしれないと、今ならちょっとだけそう思えるから。

彼と私の関係性はいつだって不安定で、友達以上恋人未満…だなんて、特に色っぽい設定があった訳でもない。だけどまるで崖から急降下していくように、自分でも気付かない内にどんどん彼に惹かれていった。そして簡単には手に入らない想い、人がいるのだと知った。辛い思いを沢山重ねて経験した分、だからこそ今私はこう願うよ。

「よし、じゃあーデート再開しよっか!……あ、それともこのまま俺んち来る?」

「…………えっ!?い、家!?」

「うん。嫌?」

「い、嫌っていうかぁ…まだ早いっていうかぁ…」

「よし、んじゃ行こ!……と。あー、そうそう。ナマエ、先に言っとくけど俺普段は全然王子キャラじゃないからね。恋愛に関してはバリッバリの肉食系なんでよろしくっス!」

「聞けよ人の話!つか、バリッバリの肉食系ってなに!こわ!」


彼と私のこの関係性が、永遠に続きますように、と。

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