ひけらかす

「鬼灯様、これおかしくないですか?」
「おかしいです」
「変じゃないですか?」
「変です」
「あーこれで大丈夫ですかね…!」
「大丈夫ではありません…って、聞かないなら聞かないで下さいよ」
「否定は肯定と認識して聞いてます」

閻魔庁の出口へと向かう道中、鬼灯と並んで歩きながらヒサナは落ち着きの無い様子で首もとを弄る。
無理もない。
一目で情事を匂わせる印を隠したいのだ。

「だって部屋で何しても駄目だって言ったじゃないですか」
「隠さずとも良いと思います、と申し上げたんです」
「おかしいでしょう!首に歯形つけてたら!見るからに鬼の!鬼灯様が疑われるんですよ!」
「むしろ私達の関係を疑うどころか確信を持って頂きたいくらいです」

いけしゃあしゃあと何を言うのかと、ヒサナは横目に鬼灯を見ながら首もとの包帯を整える。
襟巻き等も考えたのだが、取らなければならない展開を考えた場合、怪我だと言い張れば取られることもなく一番大事無いように思えた。
現にこれは怪我なのだ。
鬼に噛まれたのだと、嘘はついていないと自身に言い聞かせていれば、鬼灯がため息混じりにつまらなさそうにヒサナを見下ろした。

「第一、ヒサナとの関係はもう公表してるから良いじゃないですか」
「関係を公表してても、そちらの関係まで知られる必要はありません」
「一番無難な選択を選ぶなんて、なんの面白味もない」
「面白さなんていりません!」

どうしたらこの鬼は黙るだろうかと、ヒサナは奥歯を噛み締める。
何か黙らせる方法はないか。
そんな途方も無いことを考えている内に、前方に見えている閻魔庁の門に佇む人影が目に入った。

「お香さん!」

待ち合わせ相手である彼女に向かい腕を高く上げて手を振ると、お香がこちらに気づき柔らかく手を振り返す。
小走りでヒサナが駆け寄れば、腰巻きの二匹の蛇が興味を示して体を伸ばしてきた。

「お久しぶりです!」
「久しぶりねヒサナちゃん。具合はもういいの…ってあら、首どうかしたの?」

蛇たちにも触れて挨拶をしていれば、開口一番に触れて欲しくない話題を出され顔がひきつる。
首もとをさすりながら、ヒサナはなんとか笑顔を取り繕った。

「怪我をしてしまいまして…」
「まぁ可哀想に。何があったの?」
「ねっ…猫と遊んでたら、じゃれて噛み付かれて!」
「それは痛そうね…痕にならないと良いわね。お大事に」
「…ありがとうございます」

まさかお香が理由まで突っ込んで聞いてくるとは思わず、咄嗟に口から出任せを言う。
引っ掛かれたとかにしておけば良かったかと、噛まれた事実を含めなくともよかったのではと今思えば後悔ばかり。
しかし、本気で心配してくれてるお香に嘘をついて僅かな罪悪感も感じるが、どうして自分がこんな思いをしなければならないのか。
本当に痕が残らないといいと思うが、これは故意に残されたのだと、後ろからペースを乱さずに追い付いた事の張本人を僅かに振り返り睨んだ。

「猫、ねぇ…」

対する鬼灯は何か含んだ言い方をしてくる。
余計なことは言うなと威嚇すれば、鬼灯はさして気にも止めない様子でヒサナからお香へと視線を流した。

「こんにちはお香さん。お時間頂いてすみません」
「いいえ、これくらい。ヒサナちゃん猫に噛まれたんですって?傷物にされてさぞお怒りになったんじゃないかしら鬼灯様」
「それくらいで怒りませんよ」
「ふふ…そうかしら?」

鬼灯とお香のやり取りの傍ら、いろんな意味で傷物にしてくれたのは目の前のその鬼神なんですと、ヒサナは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
自分で墓穴を掘るわけにはいかない。
怪我を理由とすると腹を括って包帯を巻いたが、これでは先が思いやられそうだとため息と共にヒサナは包帯の留め具を引っ掻いた。

「今日はヒサナ共々よろしくお願いいたします」
「はい。僭越ながら助力させて頂きますわ」
「…え、鬼灯様も来るんですか?」
「いけませんか?」

買い物の内容が内容なだけに驚いたヒサナだったが、鬼灯は気に止める様子もなく首をかしげた。

「いえだって、鬼灯様には難しいからお香さんに頼んだんですよね?」
「ええ頼みましたよ」
「任せるんじゃないんですか?」
「ええお任せしますよ。同伴はしますが」
「はい?!」

聞いてない。
お香に託すという意味で呼んだ訳では無いらしい。
大の男が、その上名も知れてる官僚が、女性の下着屋なるものを訪れてもいいのだろうか。
いやダメな理由は無いのかとも考えながら、ヒサナは大きく首を振った。
世間一般の前にまず自分は同伴についてどうかと考えたら、答えは決まっていた。

「嫌です、ついてこないで下さいよ」
「だって貴女好みわからないでしょう」
「その為にお香さんがいるんでしょう!」
「女性の好みではありません、私の好みです。あ、とりあえず上下バラバラでお願いします」
「何の上下が?!」

意味がわからない事を言われ、ヒサナはぎゃあぎゃあと喚く。
この状態の鬼灯に何を言っても聞かない事は嫌でも知っているが、はいそうですかとは納得し難い。
ついてきて、あれこれ口出しをする気満々なのだろう。
やめてくださいと懇願していると、仲裁に入るかのように鬼灯の懐から電子音が鳴り響いた。

「ほら、電話ですよ」
「…ちょっと失礼」

これ幸いとコール音を指摘すれば、取り出した携帯のディスプレイの表示に鬼灯は目をきつく細めた。
二つ折りの携帯を片手で開きながら、会釈をしてヒサナとお香に背を向ける。
仕事の電話だろうかと、距離をとるその背を眺めていると、隣のお香に肩をたたかれた。

「ヒサナちゃん」
「なんですか?」
「下着つけてないって聞いたけど本当なの?」
「…っ!そんっ…鬼灯様要らないことまで!」
「あらあら本当なのね。今は?」
「あ、今はええと…腰巻きとさらしを、巻いています」
「そう、良かったわ。もう腰は大丈夫かしら?」
「腰?腰巻きは別になんとも」

なぜ腰巻きの話題なのだろうかと答えたヒサナに、キョトンとした様子を見せたお香だったが、直ぐに口許に微笑みをたたえるとそれを袖で覆った。

「大丈夫そうならいいわ」

何の事だと首をかしげて見せるが、お香はお大事にとしか返してはくれなかった。
訝しがりながらも、ありがとうございますと首元を擦れば、お香の笑みは益々深まった。

そのままぽつりぽつりと二人で雑談をしていると、携帯を閉じた鬼灯が戻ってきた。
その表情は晴れず、渋々といった様子が伺えた。

「残念ながら私は行けなくなりました」
「お仕事ですか?私も戻った方が良いですか?」
「いえ、ヒサナはそのままお香さんと楽しんできなさい。お香さん、ヒサナをよろしくお願い致します」
「はい、承りました」

鬼灯が懐に携帯をなおしていると、ふとその手を止める。
何かを思い出したような様子で、鬼灯は担いでいた金棒にくくりつけていた風呂敷の中から何かを探り当てると、それをヒサナへと差し出した。

「紙幣も入っているので、足りると思います。これを使いなさい」

手を差し出し、何だろうかとヒサナが受けとれば、ずっしりとした重みが鬼灯の手から渡る。
手のひらの上には、金魚草の刺繍が施された、少し許容を越える程に膨らんだがま口の小銭入れが手渡されていた。

「そんな!頂けませんよ!」
「貴女無一文でしょう。そこまでお香さんのお世話になる訳にはいきません」
「そうですけど…って、だからって…!」
「私の賃金の中には、貴女の働きにより稼いだ分も確かに含まれています。遠慮は要りません」

鬼灯から再び小銭入れへと視線を落とす。
赤いちりめんの大口の小銭入れ。
おそらく貰い物か、はたまた購入の決め手であろう金魚草の刺繍と目が合う。
確かにこれまでヒサナも鬼灯の業務を手伝ってきたが、それは鬼灯の働きから考えれば雀の涙のようなもの。
換算されるような時間では無いようにも思う。
しかし鬼灯は既に腕を組んで手を引っ込めており、それは再び受けとるつもりは無いとの意思表示である。
ヒサナは観念してその小銭入れを胸に抱いた。

「ありがとう、ございます…ありがたく拝借させて頂きます。だけどこの分は、またお手伝いさせて頂いて必ず返しますから」
「いいですって。まぁヒサナはいずれ私が養いますので、働かなくて結構ですが」
「は?!」

畏まった態度を取れば、呆気なく崩されてしまった。
その上何やらこそばゆいような事を聞かされ耳が赤くなる。
その様を見て、お香がにやにやと二人を見守っていた。

「さて、いい加減私は行きます」
「ちょ…っ今の何ですか!」
「こんな所で正式に言うつもりはありませんよ。嫌です」
「嫌ですって…」
「ではさようなら」

鬼灯の手がヒサナへと伸び、手のひらを顔に添えられると指先がそっと頬を撫でた。
その手は直ぐに離されたが、離れた腕は名残惜しそうにゆっくりと戻される。
鬼灯は再度お香へヒサナを頼むと、今度こそ背を向け閻魔殿への道を引き返す。
ヒサナはホッとしたような残念なような、なんとも言えない面持ちでその背をいつまでも見送っていた。




「…お見送りはもういいかしら?」
「あ、はいっ」

いつまでそうしていただろうか。
往来の中、鬼灯の背が紛れてわからなくなったあたりをしばらくぼんやりと眺めていれば、お香が声をかけてきた。
我に返ったヒサナは、慌てた様子で取り繕った。

「いえ、あのっ!何の仕事が入ったのかなと思いまして」
「ふふ。そう?でもお電話がかかるってことは、急な要件なんでしょうねぇ」
「何かあったんでしょうか…」
「心配だったら、早く買い物済ませて、早く戻りましょうかヒサナちゃん」

なんて優しい鬼女なのかと、隣の女性へとヒサナは尊敬の眼差しを返す。
これをいつぞやの獄卒女たちに見せてやりたい。
爪の垢も煎じてもらった方がいいだろうか。

しかし忙しい中、態々時間をとってお香に来てもらったのだ。
そこまでこちらにあわせて気を配ってもらうわけにはいかなかった。

「いえ、鬼灯様が一人で良いって言うんだからきっと大丈夫です。早さは、お香さんのペースにお任せ致します」

ゆっくりしたいのか、早く切り上げたいのかは彼女にしかわからない。
ヒサナは改めて深々とお香に頭を下げると、笑顔で頷いてくれたお香と共に、二人で閻魔庁の門をくぐった。

20150312

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