願ったり叶ったり

「いやいやいやほんと無理ですってば」
「無理ですと言われましても、試してみないとわからないじゃないですか」

衆合地獄の大門の隣、長椅子の位置する塀の角にヒサナを追いやった鬼灯が迫る。
追いやったというよりは、ヒサナが逃げを取った結果その場所にたどり着いたので意図はしていなかった。
結果オーライではあったが。
逃げ道のない後方を塞ぐ壁を背に、ヒサナが鬼灯の脇をすり抜けようとしてもそれは何度やっても阻まれ叶わない。
なんの意味も成さないが、最後の防壁にとヒサナが自身と鬼灯との間に腕を交差させ壁を隔てた。

「前は外で私を還すのあんなに嫌がってたのに!」
「公然の事柄ですので別にもう構いませんよ。理由はそれだけですか?でしたらキスしても宜しいですね」
「何にも宜しくないですせめて部屋で…!」
「布団のあるところでしたいと…」
「何でそういう言い方しますか!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐヒサナが若干面倒になってきた鬼灯は、前に作られた拒絶を示すヒサナの両手を片手で纏め、彼女の胸元へ押し付けた。

「駄々をこねるのもいい加減になさい」

後頭部に手を回され、顔を寄せられたかと思うと、あっという間にグッと唇を合わされた。

「んーっ!」
「…はぁ、色気の無い声出さないでくださいよ」

触れただけで、声をかけるため直ぐ様離れた隙にヒサナは拘束された腕をふるい阻止しようとしたが、鬼灯は片手で押さえていると言うのに微動だにしなかった。
きつく唇を結んで抵抗をするが、再び寄せられた唇に強張れば耳から首辺りを手のひらでさらっとなでられたので、ぞくりとした感覚に小さく悲鳴をあげれば口内に鬼灯の舌が侵入してきた。

「んぁ…ふ…っ」
「…は…」

鬼灯の舌を傷付けないよう、歯が噛み合わせられないので結果開かれたままの口内を鬼灯が好き勝手に舌を滑らせる。
奥で怯んでいたヒサナの舌を絡め、息をつかせるのも忘れて深めていけば、ヒサナは大きく首を振ろうとする。
その抵抗すら許さず、鬼灯はヒサナの口内を楽しんだ。

「痛っ…あ…ふ…」
「あぁ、すみません」

引きずり出したヒサナの舌が鬼灯の牙を霞め、血は出なかったがヒサナが顔をしかめる。
しかしそれすらも構わずに鬼灯が口づけを深めていくものだから、息を吸う事も儘ならないヒサナの足がふらついてきた。

「根性なし…」
「ぁ…はっ…はぁっ!誰のせいだと…!」

漸く後頭部から手を離され自由になったヒサナは大きく息を吸い込みながら、鬼灯を睨み付ける。
鬼灯はそんな視線を気にもとめずに、ヒサナの腰に手を回し支えてやりながら自身の口端を親指の腹でぬぐい、ヒサナの口許を濡らす唾液も指先で拭ってやった。

「やっぱり、戻れませんね…」
「何ですかその検証の結果、みたいな言い方!唇合わせただけで還れてたんですからく…っくちに舌入れる前にわかったじゃないですか!」
「あ、小さな声でよく聞き取れませんでした。口に何ですって?もう一回お願いしますヒサナ」
「これだけ叫んでて聞こえない訳ないじゃないですかあああ!そん…っ!何言わせる気ですか!二度も言いませんよ!」

鬼灯が迫っていたのは還らなかったヒサナの再検証の為の口付け。
しかし表向きに堂々とできる理由に、絶対に違う意味でもやってのけている。
もう体が熱くて、気が動転していて、自分が何を言って、言えているのかも分からない。
息苦しさから涙の溜まった瞳を軽く擦り、少しだけ歪んでいた視界をもとに戻した。

「一応もう一度聞きますよ?何故、還らないのですかヒサナ」

顎に指先を添え、首をかしげる鬼灯に、ヒサナもまだ熱い顔を仰ぎながら同じ向きに首をかしげた。

「なんででしょう…いつも別に、還るぞ!と思って還るわけではないので…」
「私もですよ。出来ることなら側に起きたいのに貴女が還ると抜かしますので、渋々還してました。しかし好きな女が口付けで還るなんてラッキーと思いつつ、軽いキスしか出来ませんのでそれは不服でしたが…」
「だからなんで真顔でそう言うこと言えるんですかほんとやめてください…!」

パタパタと扇ぐ速度が増した片手を、鬼灯の指が絡めとる。
不思議に思い見ていればその手のひらを鬼灯は自らの口許に触れさせた。

「…」
「あ…あの鬼灯様…?」

手の甲にしっとりとした柔らかな感触はそのまま。
恥ずかしさにいたたまれなくなってきたが、ヒサナの手を口許に当てたまま、鬼灯が何か考え込んでいた。

「最後に還ったのは私の夢を共有してしまって以来ですか」
「えー…と。そうですかね、多分」
「その間何か変わったことは?」
「…いえ、特には…」
「そうですよね。では何故…」

漸く手を離され、その手をもう片方の手で包み込む。
先程までは別の感情がヒサナの中を満たしていたが、今は全く変わっていた。

還れない。

はじめての出来事に心臓がドクドクと大きく鼓動している。
不安に瞳を揺らすが、ヒサナの頭に鬼灯の大きな手が添えられた。

「大丈夫ですか?」
「なんで還れないんでしょうか」
「…何て顔するんですか」

今にも泣き出しそうな不安一杯のヒサナに、鬼灯が一歩距離を積めてきたかと思うと視界が真っ黒になった。

目の前に広がる鬼灯の道服が、ヒサナの視野を独占した。

「これでいくらか落ち着けますか?」

自分に包まれていると中に還っているようで安心できると、何度かヒサナ自身から耳にしたことがある。
それをふまえて鬼灯はヒサナを両の腕でやんわりと包み込めば、彼女もぎこちなく腰に腕を回してきた。

「…ん」

全身で感じる。
鬼灯の温かな体温と、少しの煙管の匂い。
ヒサナも恥ずかしながらも嬉しさに緩む口許を見られまいと、顔面を鬼灯の体に押し付けた。

「ヒサナは小さいですねぇ」
「鬼灯様が大きいんです…!」

若干鼻を啜るような音が聞こえ、鼻水つけないで下さいよと声をかければつけませんよと反論され、同時に顔をあげたヒサナの表情が膨れっ面に戻っていたので鬼灯も安堵の息を小さくついた。

「これで落ち着くなんて、小さい子をあやしている気分ですね」
「鬼灯様だってさっき頭撫でられて満更でもなかったじゃないでっぐ…痛い痛い!」
「はいはい妄想ご苦労様です」

ポンポンと擦られていた背が力任せにリズムをとられれるようになれば、叩かれた弾みに口から息が押し出される。
苦しさと痛さに呻けば鬼灯がその身を離した。

「そんなに不安に構えないで下さいよ。還る必要がなくなったのかもしれませんよ」
「そう…なんですかね」
「還りたいですか」
「そりゃ、一番好きな場所ですから」
「…私の外側はお嫌いですか…」

鬼灯の細められた瞳に、ヒサナは瞬時に自らの口を塞いだ。
その瞳の意味は、けして優しさを含んだ眼差しなどではない。

「!いや、そういう訳じゃ…」
「内面が大切と言いますが、ヒサナの場合は完全に別の意味でしょう」
「そうですけどそうじゃ…!」
「居心地の良さに私を弄んだんですね!私の体だけが目当てだったのね…!」
「いやいやそれ誰ですかって大声で何て事言うんですか!!」

衆合地獄の門番も、先程からというよりは長椅子に鬼灯が腰かけてからチラチラとこちらを気にしている。
あぁほら、なんの話だと正面を見据えながらも絶対にこちらに聞き耳を立てていると、ヒサナが困ったようにおろおろしていれば鬼灯が瞬時に駆け出した。

「ヒサナさんの遊び人ー!」
「ぎゃー大声で何て事言うんですかー!」

急いで追いかけるが路地に入られ直ぐに鬼灯を見失う。
何を言いふらされるかと慌てふためきながら四方を見回していれば、後ろから誰かに視界を塞がれた。

「…鬼灯様?」
「ビックリしました?」

その手の大きさと気配に誰かを言い当てれば、直ぐ様視界は解放され振り向けば息一つ乱さない鬼灯が立っていた。

「冗談ですよ」
「そんな気もしてましたが鬼灯様の冗談は心臓に悪いです…」
「しかしヒサナの一言が残念だったのは事実ですよ」
「ごめんなさい」
「まぁ、今後側に居ていただけるのなら多目に見ましょう」

鬼灯に手を引かれ、大通りへと抜ける。
歩を向ける先は閻魔殿の方角だ。

「嬉しいですか」

小走りに距離をつめ鬼灯の隣にならんで問えば、鬼灯がヒサナに視線をよこした。

「そりゃあ、ヒサナさんが一番の場所に還れなければ私の隣が一番になりますからね」
「う…ほ…鬼灯様の側が一番好きですよ…!」
「本当ですかねぇ…」
「そんな顔しかめなくても、一緒に居たい人は鬼灯様ですよ。還れないのはあれですが、側にいてもいいのは私も嬉しいです」

やっと戻った、はにかんだヒサナの笑顔に鬼灯は一人胸を撫で下ろす。

「本当に、それだけならよかったんですけどね」

誰に言うでもなく、一人呟いた鬼灯は前見頃を反対側の手で掴む。
故にヒサナにはその声は届いていない。
衆合地獄と閻魔殿を繋ぐ大通り。
通行人のざわつきに、鬼灯の声も一瞬の不規則な息遣いもかき消された。

20141112

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