本当に?

早くもヒサナは今の現状に後悔しそうになっていた。

ヒサナからのやっとの告白の後、また考えさせてくれと言うのではないか、またわからないだの言うのではないでしょうねと鬼灯との問答が続き一夜を明かした。
まさか素直に頷いてもらえないとは思わず夜通し続いた尋問に、夢見が悪くて飛び起きて以来なのだから眠くならないわけがない。

かっくりと船をこぎながら食堂で脳吸い鳥の煮卵を箸で割り口に運ぶが、意地でも還る訳にはいかない。
鬼灯が何を仕出かすのか、分かったものでは無かったからだ。

「お疲れですか?」
「朝から全速力でおいかけっこしたらそりゃ疲れますよ」
「砂浜の海岸でしたらベストだったんですけどね」
「何がベストなんですか」
「あぁ、でも追いかけていたのはヒサナなので逆なのも残念です。追いかけましょうか今から」
「何が逆で残念なんですか意味がわかりません」

充血気味の眼を擦り欠伸を噛み殺すが、一方鬼灯は疲労など感じさせず、そんなヒサナを見つめたままおひたし等に手をつけ黙々と食べ進めていた。
否、彼は疲れてなどいないのだろう。
流石鬼。流石鬼神である。
ヒサナは怨めしそうに鬼灯に目をやった後に、子持ちししゃもを頭からバリバリと頬張った。

数時間前、現世では朝日も登る時刻。
『絶対に待ったなしです』と答え、何度目かの問答を終えていい加減嫌になってきた頃、鬼灯が突然立ち上がり一目散に部屋を飛び出した。
瞬く間の出来事に呆気にとられ見ていたヒサナだったが、開け放たれた扉の向こうから聞こえてきた大声に飛び上がり血相変えて後を追った。

奇想天外な彼の行動を、全力で止めなければならなかったからだ。

「早朝から何やらかしてくれてるんですかもう…っ」

あまりの恥ずかしさに思い出し頭を抱えて項垂れるが、鬼灯は気にも止めずにだし巻き玉子に手をつけた。

「見てわかりませんか?溢れんばかりのこの嬉しさが。未だかつてこんなに嬉しくて堪らなくなった事なんてありませんよ。恥ずかしいくらいで逆に開き直ってます」
「どこに溢れてるんですか。見てわかりませんよ、微塵も」
「今すぐ亡者逃亡の際などに使う非常用緊急放送で全地獄に号外撒き散らしながら叫び知らせたいくらいです」

冗談だと思うだろう。
ヒサナも冗談だと信じたい。

だが朝から『ヒサナからついにデレを頂きましたよ!』だのなんだの、裁判で勝訴を勝ち取ったかのように大声で叫びながら去った鬼灯に追い付く為、どれ程の火力を費やしたか。
大声で知らせ回られるとは思わず誰かなんとかしてくれと思ったが、周囲も呆気に取られて見ているので頼れるのは自分のみ。
力付くで止める手段などヒサナは持ち合わせておらず、やっとの思いで食堂まで誘導し席に落ち着いた。
既に半分実行されていると言うか、あの行動力を見ればやりかねないとは言えない内容にヒサナは顔をひきつらせるしかなかった。

「ほんとやめてください。取り消しますよ」

テーブルに頭を預けて突っ伏し項垂れた為に、ヒサナは鬼灯の表情が変わったことに気付けなかった。

「…取り消さないと、仰ったではありませんか」

先程までの空気とは一転。
ひゅっと背筋を駆け抜けた悪寒に震え上がる。
恐る恐る彼を見やれば鬼灯の眉間には皺が深く刻まれ、愛しい人である筈の目の前のヒサナを静かに睨みつけていた。

「どれだけ嘘かと、冗談ではないかと確認したと思ってる」

けして大声ではないが確かに咎めるような静かな声音に、地雷を踏んだなと言う事は嫌でもわかり、ヒサナは慌てて取り繕った。

「だ…だって鬼灯様がああいう事するから…」
「嘘つきは、私が舌を引っこ抜きますよ」

カタリと盆に添えられ転がった箸は、鬼灯の手の内で既に真っ二つに折られていた。
射殺されんばかりの眼力に怯むがここは食堂。
逃げだそうにも障害物も多く、何よりこの状態の鬼灯から逃げられるわけがない。
口許を凝視されている気がして、慌ててきつく口を結んだ。

「嘘つきは泥棒の始まりですよ。貴女は大変なものを盗んでいきました。私の心です」
「…からかってるんですか?」
「ですから、こちらは最初から大真面目ですよ。貴女から返事をいただくまでの間、どれだけ振り回されたと思ってるんですか。今更何を言ってもヒサナを手放す気は毛頭ありませんよ」

何か極悪商法やセールスに引っ掛かったような感覚に近い空気が流れるが、鬼灯の琴線に触れてしまったのは紛れもなく自分。
なので、この発言をさせた己にも非はあるとヒサナは追言はできなかった。

あの鬼灯が、迫りはしたものの強要する事もなくこちらが動くまで耐え忍び待ち続けてくれたのだから、かなり我慢していてくれたのではないだろうか。
それだったら散々待たせた自分が悪いと誰が見ても答えるだろう。
ぬか喜びをする不安や恐怖を植え付けたのはヒサナな訳なのだから、自業自得である。
夜通しの尋問に何故すぐ認めてもらえないのかと怪訝に思ったが、鬼灯はそれ以上に待ち続けてくれたのだ。
成る程、一夜の問答は最終確認と共にその仕返しも含まれているのだろうと結論付けた。
優柔不断も大概にしなければと、ヒサナは肝に命じながら視線を膝の上で握った両手に落とした。

「ごめんなさい…分も弁えずに言葉が過ぎました…」
「どういう意図でですか。上官相手としての分ですか」
「散々待たせたのは自分なのに、冗談でも簡単にやめるなんて言った自分にです…」
「冗談でもほんとやめてくださいよ、心臓に悪い」

大きなため息が聞こえて顔色をうかがえば、鬼灯は普段の様子で最後のだし巻き玉子を飲み込んでいた。

かなり重症だと、自分に対する鬼灯の様子を目の当たりにして思うが、こんなに想ってもらえるなんて勿体無いくらいだともヒサナは鬼灯をしげしげと見つめる。

「なんですかヒサナ」
「本当に私でいいんですか?」

幸せを願ったくらいで。
口に出さなかっただけで他の鬼火も願ってるかもしれないではないか。
それこそ恩をまた履き違えて…なんてまた地雷を踏む事は分かりきっているので口にはできないが。

「ヒサナが現化してみて分かりますが、私の怨念の大半を喰らい抑えていたのはヒサナです。私は鬼火なら別に誰でも良いのではなく、あの日願ってくれた、ずっと力になり続けてくださってたヒサナが良いんです。それだけではなく、ヒサナと過ごすうちに会うたび惹かれるばかりでした。貴女じゃなければ嫌ですよ」

すらすらとよく口から出るものだと、再び黙りこんで自分を見やるヒサナに鬼灯は眉を寄せるが、ヒサナは無言で見つめたまま。

「鬼灯様」
「だからなんですかさっきから。そんなに見つめられてもエスパーではないので私が嬉しいだけですよ」

ヒサナはうっすらと頬を染めつつ、易々と言い当てることもあるくせにと僅かに口を尖らせる。

「私がどんな思いで鬼灯様の鬼火になったか、いつ知ったんですか」
「地獄門で悪鬼に堕ちている間にヒサナの話しで、うっすらと」
「う…聞いてる半分聞いてない半分であの時ホント余計なことを沢山…!やっぱりそこですよね」
「ですが鬼として起き上がったときから朧気でしたが知っていましたよ。ヒサナさんの言葉で、あれはもしやと思い返すきっかけになりました」
「はい、まさか当時の事まで知っていたのは驚きました。鬼灯様既に事切れてましたので…それで、その…」
「だからなんですか。言いたいことははっきり言いなさい」

言い辛そうに手を組むヒサナを訝しげに眉を寄せて見てくるので、ヒサナはもごもごと口を開いた。

「…それでその…鬼灯様は今、幸せですか?」

お節介ではなかったか、迷惑ではなかったか。
鬼灯は鬼となれて良かったとは言ってくれたが、幸せなのかはわからない。

聞いてみたい。

そう思い恐る恐る口にした。…と言うのに、鬼灯は残念そうな物を見るように細めた目でヒサナを見ていた。

「え、なんですかその眼」
「…昨日の飲み屋の事、覚えてないんですか?」
「え、私なにか話しましたっけ?普通にお酒美味しくて…そう言えば飲んでたはずなのに私いつの間に鬼灯様の中に戻ってたんですか…!」

盛大にため息をつき、やはり記憶が無いではないかと鬼灯は顎に手を添え肘もつく。
昨夜もあれだけ酔っていたのに、眠り半ばで飛び起きたはずのヒサナは二日酔いも感じさせなかった。
流石炎の妖怪と言ったところか。
アルコールは完全に燃焼されていて既に跡形も無いのだろう。
ヒサナは何があったのかと慌てふためいているが、真面目に答えたものを覚えられていないのも面白くない。

「さぁ、どうでしょうね」
「その『さぁ』は、幸せについてですかそれとも酒の席のことですか…!」
「どうでしょうねぇ。教えてあげません」
「鬼灯様…!」

いつも側に居てわからないわけがないだろうに、本人の口から聞かなければ安心できないのは誰に似たのか。
わたわたと戸惑っている彼女を、鬼灯は顎についた手のひらのなかで、幸せそうに僅かに口端をあげて眺めるのだった。

20141026

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