同族

本日の裁判が終わり、亡者の声も途絶え静まり返った法廷内。
鬼灯は慣れた手付きで終えた書簡を荷車にまとめており、その横では閻魔大王が机に突っ伏して大きなため息をひとつ。
その声音に閻魔大王の巨体を見上げた補佐官が「閉めますよ」と只一声かければしぶしぶ大王は立ち上がった。

「終わったー。飲みに行こう飲みに」
「駄目ですこれで失礼します」
「えええー付き合い悪いなぁもう。上司にちょっとは合わせてくれても…」
「今の時代パワハラで訴えられるぞ。…申し訳ありませんが、ヒサナが待っていますので」
「あぁそうか、奥さん待たせちゃダメだね。そういえば最近ヒサナさん見ないけど元気?」
「ええ、連れてくるわけにも行きませんからね。元気ですよ」

あっという間に荷造りを終えた鬼灯は、僅かに目を細める。
きっと最愛である妻の姿を思い返して、心が和らいでいるのだろう。
悠久の時を生きる者であっても世帯を持っておかしくないと言うのに、文字通り長年関わってきた中で微塵もそういったことを感じさせなかった男だったが、収まるところには収まるものだと閻魔は一人感心して頷いた。
本当に彼女に出会えていて、鬼灯のためにも良かったのだろうと心底思う。

「じゃあもう上がりなよ、ヒサナさん一人で寂しいんじゃない?あ、流石に出掛けたりはしてるか」
「部屋に居ますよ。あと上がるのはこれを片付けてからにします。下手に片付けられて後で見つからないのも困ります」
「ふーん?出掛けないって言ってたの?」
「いいえ、出るなと言ってあります」

荷車を引き歩きだした鬼灯に並走しながら、閻魔大王は不思議そうにまばたきを一つ。
わかった気がするが、わかりたくもなかった。

「え?」
「一人で出歩くなと言い聞かせてあります。だから部屋に居ますよ」
「ええそれって監禁じゃん…」
「人聞きの悪い。別に風呂に繋いで鍵かけたりとかもしていませんよ。…考えはしましたけど」
「考えちゃってるじゃん!えーやめてよ犯罪だけは」
「失礼ですね、話し合った上での決め事ですから大丈夫ですよ。出るなと言っても鍵は開いてますし、一応…今度こそ約束を守れると、まだ信じたいと思うのは甘いですかね。ヒサナはきちんと、待てる子だと」
「まあうん、君の奥さんは確かに…心配だよね」
「本当は鍵だってかけてやりたいですが、繋いだとしても自分の気が収まらないのはわかってますから。これでもまだ足りないくらいなのに一応、ヒサナの負担も考えられてる時点で誉めてほしいくらいです。あんな思いは二度と御免です」

ガラガラと規則正しく車輪の回る音が廊下に響く。
ヒサナの身勝手な行動で命を失いかけた事を考えれば、鬼灯の過保護の度を越えた対応は無理もないのだろう。
行き過ぎたものも感じるが、ここまでの経緯や彼の性格を考えれば仕方がないのかもしれないと、閻魔は鬼灯の背に悟られぬよう大きく静かに息を吐いた。



「と、閻魔大王に言われました」
「まあ、鬼灯様の行動が行きすぎと言えば行きすぎなのは本当…」
「誰のせいでしょうね?私の妻が心配せずともすむくらい自己管理がなっている人であれば、そう呼ばれる事もなかったのですが。そんな私の妻は誰でしたかね妻は」
「私ですねすみません」

私室に帰って来た鬼灯を迎えれば、今日の出来事を聞かされた。
その通りだと笑えば耳に痛い話に変わり、睨む鬼灯から視線をそらす。
そんなやり取りをしながら鬼灯から受け取った荷物を机に運び終えると、彼の険しい表情は元に戻っていた。

「今日は何をしていたんですか?」
「ふふふ…今日はですね、カレーを煮込んでたんですよ!」

ペタペタと鬼灯に増設してもらったコンロにかけより、鍋の蓋をとる。
と、部屋中香辛料の香りが強くなった。

「通りでカレー臭」
「その言い方なんか嫌ですね…。鬼灯様の仕事を手伝わなくていいので、時間がありますからね。時間のかかる料理の練習もできます」
「ほぉー…」
「ひき肉じゃなくてスジ肉にしてみたんですよ。煮込む時間があるならこれも美味しいって教えていただいて…あ、もう食べますか?」
「いただきます」

鬼灯は席に腰掛け、ヒサナは炊けたご飯を平皿に盛り付けカレーをそそぐ。
ヒサナは以前、現世に赴く鬼灯に弁当は作ったことがあるが、それ以来食堂が近くにある事もありまともに料理もしていなかった。
料理の腕前は生前の知識と言っても古代の産物、現代と比べれば無いに等しい。
それならばと思い立ち、食堂で見聞きした献立を作ってみることにした。
そうしてできた料理を二人分用意して席につけば、いただきますと手を合わせ終えた鬼灯が一口含んでゆっくりと咀嚼した。

「成程、スジ肉を柔らかくなるまで煮込んだんですね。美味しいです」
「お粗末様です」
「流石に一日中寝るのはやめたんですか」
「うーん…いくらでも寝れるんですけど、何かせっかくだから時間を有効活用しようかと。眠いときは寝ますが」

部屋に居るようにと、独り残されるようになった当初はこれ幸いと鬼灯が帰ってくるまでヒサナは一日中寝ていた。
眠気が伴っておらずとも寝られるものだとヒサナは喜んだが、様子を見に戻った鬼灯は机で寝ていたヒサナを見て倒れたのかと肝を冷やした事があり指導を受けた。
寝るときは必ず、紛らわしいので布団で寝るようにと。
そうしてしばらく過ごしてきたが、これでは胎児にもあまりよくないかと最近はこうして料理に手をだしていた。

「調子はどうですか」
「悪阻も無いですし、元気ですよ」
「無いんですか食べ悪阻…」
「残念そうに言わないで下さいよ!」
「残念ですよ、ヒサナから求めてこな…」
「ぎゃー言わなくていいですから!安定期で落ち着いてきたいい証拠です!」

そうして騒ぐヒサナが手をやった腹は、若干膨らみがわかる程度になっていた。
妊娠推定5ヶ月。
未だ着物を着ているが、ここは普段着が着物道服の日本の地獄。
まだ腹が目立たないので一見変わりないが、妊婦用の腹帯の巻き方も教わりヒサナも着なれた着物でそのまま過ごしていた。

「そう言えば食べれるようになりましたよねヒサナ」
「?何がですか」
「普通の食事」
「ああ、そう言えばそうですね」

そう言って、お手製のカレーを我ながら上出来と口にする。
あれほど怨気以外の食事を口にしたがらなかった彼女が。
ヒサナの言うとおり、悪阻も収まっているのだろう。
あの夜の彼女が見られなくなるのは非常に残念ではあるが。
だから料理に気が向けられるようになったのかと、鬼灯が平らげたカレーのおかわりをしようと立ち上がれば察したヒサナが手を出しその皿を受け取った。

「自分でやりますよ?」
「いえいえ、こういうのは私がやりますから」

立ち上がったヒサナを目で追いながら、鬼灯は席に戻り水に口をつけ考える。
お玉片手に台所に立つヒサナの後ろ姿は、正に世の男性が思い描く良妻の姿か。

「ヒサナ」
「はい?」
「今度の非番の日にでも本屋にいきますか?料理の本等見たければ、色んな物があると思いますよ」「え!いいんですか!」

食堂の従業員から得たレシピだと聞いていたが、彼女が興味があるのならば、知識を深める為それもいいかもしれない。
振り向き笑顔を見せたヒサナを見て、閉じ込めてばかりで悪いと鬼灯も思わなくはない。

「ねえヒサナ」
「今度はなんですか?」

二杯目のカレーを受け取りながら、向かいの席についたヒサナを見据える。
ヒサナは、手をつけずに鬼灯の言葉を待った。

「外出禁止による不満とか、無いんですか」

何故今その話題になったのか、ヒサナにはわからない。
ただ先程の外出の話を思えば、鬼灯もこの現状に思うところがあり思案したのだろうか。
鬼灯は、疑問があればすぐ口にし確認する。
以前自己解決を咎められた身としては、こういうところを見習うべきなのかもしれない。
しかしこの生活について、満足もなければ不満もない。
ありのまま言えば良いかと、ヒサナはすらすらと口を動かした。

「今更。私鬼灯様の中に居るのが常だったんですよ。行動範囲が部屋の中でも広がったくらいですし、存分に眠れますし、むしろ引きこもれと言われるのであれば鬼灯様の中に還りたいくらいです」

安心させるための本音、だったのだが。
目の前の鬼神にきつく睨み付けられた事に気付いたヒサナは、「…と、例えるくらい余裕ですよ」と付け加えて濁す。
今部屋に閉じ込めているのと、鬼灯の中に還れた頃の話は似て非なるものなのだろうかと、ヒサナには理解しかねる。
まあ、この環境下で納得している自分も、前も何かの折に感じたが夫と同じくおかしいのであろう。

20170610

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