同火

一寸先は闇どころか、手元すらも見えない暗闇深い闇冥処。
鬼灯は頭に入っている地形を頼りに歩いてきたが、成程常時に増して闇火が多い。
地に蔓延り燃え盛る闇火に触れぬよう注意深く探りながら抜けてきたので、詰め所にたどり着くのにかなりの時間を要してしまった。

「鬼灯様!」
「ヒサナが居るってどういう事ですか!」

鍵も気にせず勢いよく戸を開け放てば、詰め所に駐屯している獄卒が鬼灯の姿を確認するや否や椅子を倒す勢いで立ち上がり泣きそうに顔を歪める。
その様を認識しながらも、今は泣き言も謝罪も聞きたくないと相手が言葉を紡ぐ前にピシャリと遮断した。

「鬼灯様の携帯に電話したんです。そこで出られた奥様に事情をお話ししたら近いから行くと…」
「で、ヒサナはどうしたんですか」
「…亡者救出に、刑場へ飛び出して行ってしまわれました」
「何故追わない…!」
「奥様から…預かり物を…」

獄卒は既に足の間隔等無く、何故立っていられるのかも不思議なほど。
同じくカタカタと震える手で、やっとの事でヒサナから預かった携帯電話を鬼灯へと返した。

「…これが燃えてしまうから、預かっていてほしいと」

鬼灯は受け取った携帯電話を軋むほどに握り締める。
これを持たせたために、首を突っ込んだ。
こんなものを持たせるべきではなかった。
その上、ヒサナの所在がわからないのであれば電話して呼び戻せば良いとここへの道中に思っていたのだが、宛が外れたことに奥歯を噛み締めた。

「…状況は」
「う…え?」
「現場の状況も説明できませんか…?」

軋ませた携帯を見つめたままポツリと呟かれた、聞き取り辛い程の低く唸る低音。
怒気が含まれている所か、それしか含まれていない声音。
もうどうしたら良いか判断が鈍るほどに、獄卒は言われるがまま口を開いた。

「あ、う…亡者の手により…制御装置の異常で、闇火が、刑場に、溢れています」
「……」
「そ、それ…それで、真っ先にヒサナ様が到着なされて、危険ですとお止めしたのですが、あの、ご自身も火だから闇火は危険ではないと…ご自分の灯火で亡者を導く、と…」
「…また勝手に…っ」

自分が力になれる事を見つけて、ヒサナは亡者と闇火が渦巻く危険な刑場に飛び込んでいったのだろう。
確かに暗闇を誇る闇冥処で光源を自由に灯せれば、光に集まる虫のごとく亡者を引き寄せられる。
獄卒としてその能力を持つものが居たのであれば、鬼灯も迷う事無く処理を頼んだであろうがヒサナは獄卒でも何でもなく只の一般人であり関係者でもない。
それよりも何よりも、大事な妻である。
刑場になんぞ連れてきたくも入って来ても欲しくないというのに、しかしこの現状はこの獄卒のせいでもなく、ヒサナの自己判断であることが容易に想像できる事が尚更腹が立った。

「…で、まだ戻らないのですか」
「地獄門とは反対のあちら側からなら、ヒサナ様の灯した明かりに…亡者が、群がっている事が、確認できます。そ…その付近に、居るとは、思うのですが…まだ…あ、で、でも」
「!何ですか」
「あ、いえあの…ヒサナ様じゃなくて…」
「いいです何ですか」
「先程火消しも到着して、消火活動に当たっているので、もうすぐ終息しそう…で……」

獄卒は、そこまで言葉を吐き出した口を硬直させた。
それまで見ていた携帯からゆっくりと視線をあげ、更に眉間の皺を深くしこちらを凝視する鬼灯に震え上がったからだ。
不機嫌極まりない様はこちらに鬼灯が来てからありありと感じられたというのに、まだその底辺を下げるかと恐れを通り越してもうどうしてよいのやらわからなくなっていた。
自分は、何か不味いことを言ってしまっただろうか。

「…火消し?」
「え、は…はい。要請して、手配していただいた火消し、です」
「どの部隊が来たんですか!」
「っ!あ…闇火は特殊火災になりますので、間違いなく『野衾』部隊でしたっ」

野衾(のぶすま)とは、日本古来の妖怪で、ムササビのような姿をした彼らは火を好んで食す。
その食いっぷりから多種多様の炎を扱う日本の地獄では通常の火災ではない火に対応できる存在として重宝され、火消しに所属する者で部隊が形成されている。
闇火による火災なのだから、間違いなく彼等が来ましたよと、火消しが来たからもう大丈夫だと安心して貰うために告げた筈なのだが、鬼灯の形相は著しく険しさを増した。

「今すぐ呼び戻せ!」
「?!奥様を…?」
「どちらでもいい!…っ特殊火災…野衾…何故気付かなかった…!」
「どちらでも…?火消しも、でしょうか?う…全員消火活動に出てるので、呼び戻せるかどうか…あの、どうされました…?」

ドクドクと、大きく心臓が脈打つ音が体内に響く。
本当に何故ヒサナの名前が出た時に、何故火災の起きている刑場に居ることを知ったときに気付かなかったかと、鬼灯は己の髪を引き掴み顔を歪める。
気付けた筈だろうと、己の失態を強く責めた。

「ほ…鬼灯様?」
「…っ彼女は、ヒサナは鬼火。このまま刑場に居れば野衾に喰われる…!」

ヒサナは鬼火だから、同じ火である闇火で焼かれることはない。
故に同じ火であるからこそ、同化して闇火の中に在る時に野衾と遭遇すれば食べ分けるなんて事が出来るわけがない。
間違いなく消火対象と認識され、喰われてしまうだろう。
ぎゅうと胸が収縮して息苦しい。
胸騒ぎに、鬼灯は迷わず刑場へと飛び出した。

「ほっ鬼灯様…間に合いますかっ」
「合う合わないではない行くんです!いいですか!火消しでもヒサナでもどちらでも構いません探してください今直ぐに!」

後を駆けて来る獄卒に指示を怒鳴りながら、鬼灯は小さな崖を飛び降りる。
よく見れば寸前に闇火があったが、最早構ってなどいられない。
刑場に点々と確認できる灯火を用途正しく目印に駆け出せば、手の内の携帯が振動した。

20160213

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