届かない

白澤様が私と鬼灯様を引き合わせた時に言っていた。

『いや、僕もヒサナちゃんが居なくなったらイヤだしね』

あれは私がこのまま行方を眩ませたらという意味だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
あのまま逃げる私を放置していたらどうなるか、私よりも理解していたのだ。
それは鬼灯様も同じで、恐らく一番分かっていなかったのは、自分自身のことである私だけだった。

「ま、さか」

熱いくらいの鬼灯の熱を額で感じながら、ヒサナは至近距離にある彼の瞳を見つめ返した。
影が落ちるその瞳は、いつもよりも深い色を宿す。
その色に見いられながら、自分よりも鬼灯が熱いことに驚いた。
鬼火であるヒサナよりも鬼灯の体温が高いなんて事はない。
これは鬼灯が発熱しているわけではなく、ヒサナの異常を意味していた。
彼女の熱が低いということは、足りないのだ。

「こんなところまで逃亡したのですから、そりゃ使ってますよね?貴女の中の私の怨気」

ヒサナは鬼火であるが故に怨念を食す。
それは彼女の原動力であり命の源。
普段も自然と消費していくものだが、それとは別に鬼火の機動力として燃焼するとなると、その量は著しく増大する。
無我夢中で逃亡している間、全力で鬼火として駆け回っていたのだから、その燃焼量は遠いこの場所までたどり着いたことを思えば火を見るよりも明らかであった。
現にヒサナの体温も下がっていれば、既に鬼灯が来たことにも気付けていない。

枯渇して足りていないのだ、怨気が。

だから白澤は鬼灯に言ったのだ。
『お前が来たことに気付いてないよ』と。
確かにあの時鬼灯の気配は何も感じられず、今も鬼灯の怨気が正確に感じ取れなかった。

「そんなに、は」
「無自覚なのもどうにかしないといけませんね。リミッターがついていないとすぐに許容範囲を越えます。限界が来てからでは遅いので」
「疲れてるだけかもしれないじゃないですか…!」
「では聞きますが、まさか知らぬ間に寝ていたりしてませんよねぇ?」

その言葉に瞬時に表情を曇らせたヒサナを見て、鬼灯はすぐに悟った。
彼女は既に寝ている。
このいつ捕まるかもわからない緊迫した状況下で、追われる側がゆっくり睡眠を取れるわけがない。
神経が図太かったり、完璧に安全を確信できる場所であれば話は別だが、一般的な精神状態を有している者ならば誰しもがこの森を見てそうは思えないだろう。
仮眠を、と思って寝ていないのであれば、今のヒサナの状態での睡眠は前回同様気絶を意味する。
既に彼女の状態を知る不安材料は揃ってしまっていたが、更に深刻であることを裏付けた。
鬼灯は怨気が募れば苦痛を伴うが、ヒサナの場合は怨気が枯渇しても自覚症状に欠ける。
眠気やふらつきは確認できるが、日常的に起こりやすい症状ゆえか本人の意識も低い。

「…寝てますね?」
「それは…っ」
「本当に、貴女は私を逆撫でするのがお好きなようで」
「好きじゃ…ん…っ」

首に手を添えられ、するりと滑った手のひらにぞわぞわする。
激怒しているはずなのに愛おし気に扱うような鬼灯の触れかたに、恐怖しか感じられなかった。

「ヒサナ?」
「ね、ねぇ、やだ…」
「ヒサナ」
「ご…ごめんなさ…ねえ鬼灯様」
「以前はっきり告げたつもりだったのですが、伝わっていなかったようですね」
「何が」
「いえ、どうせ言っても伝わらないから良いのです」

喉元を撫でながら、また自己解決をされる。
そうだ、鬼灯は今自分の事を信じていない。
何を言っても駄目な状況だということはわかっているが、それでもヒサナはどうにか伝わらないかと、会話を試みるしかなかった。

「ヒサナは、覚えていますか」

額を離し、鬼灯が僅かに距離をとる。
二人の間に生まれた空間に、逃げられるか否か瞬時にヒサナの頭は逃亡のイメージを募らせたが、逃げおおせても失敗しても鬼灯の機嫌を損ねる結果しか出せず、体が動かなかった。

「私は貴女を手放す気はないと、言いましたよね」

よく覚えている。
どれだけ想われているか、身をもって知っている。
だからこそヒサナも嫌われることを恐れるくらい、鬼灯を想っているのだ。

「言われました…」
「でも上手く伝わってはいなかったようで」
「どれ程好いてもらってるかは、わかって…」
「ヒサナはわかっていませんよ。全然」

今まで滑るだけだった鬼灯の手のひらが、首に当てられる。
彼の手のひらの熱に体も熱くなるようで、これからなされるであろう出来事に身を震わせた。
もしかしたら、一か八かで先程逃げ出した方がよかったのかもしれないと視線だけで退路を考えていると、鬼灯が顔を近付けてきた。

「まだ逃げようと思ってるんですか?」

揺れるヒサナの瞳を覗き込み、鬼灯は呆れたように目を細める。
どうしてだか、心の内が読まれることがあるのは鬼灯の勘なのだろうか。
鬼灯は肩から離さなかった片手も彼女の首に添えると、両顎を包み込むように持ち上げ手をかけた。

「まだわかりませんか、仕方のない人ですね」
「や、やだこんな…所で…!」

自分の状態を知った鬼灯が取る行動など一つしかない。
ヒサナの状態を回復させる方法は、現時点ではそれしかないのだ。
それをまさか、こんな場所でなんて。
鬼灯の手を掴み、いやいやと首を振るが手のひらに包まれた首は固定され既に思うように動かない。
彼の吐息が鼻先を掠めたかと思えば、濡れる唇が合わさった。

「…言っても分からないヒサナさん。どれだけ私が貴女を手放したくないと想っているか、身をもって感じてくださいな」

離された唇から紡がれた言葉は、ヒサナを硬直させるには十分だった。

20150705

※注意!
次は裏描写になります
そういった行為が苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮願います。
前回のように読まなくても繋がるようにしたいと思いますが、できなかったらごめんなさい…。
どんなものでも大丈夫だという方のみでお願い致します。

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