ザンザスと綱吉がホテルを後にした頃、なまえは部室で掃除中に見つけた過去の部誌に目を通していた。 「……すごい」 思わず呟きが漏れる。 一昨年の半ば頃から毎日欠かさずつけられていた部誌のページには練習メニューや日々の部員の体調管理について。試合の日のページには分かりやすいスコア表や敵チームの欠点や弱点、個々の改善点などが記されており、これを書いた人物の几帳面さが伺えた。 リボーンが見たらボンゴレに欲しいとか言い出しそうなレベルの情報整理力だ。 「…」 ふと部室の外に気配を感じ、数秒後ドアが開かれた。 入ってきたのは鳳だった。 「コートにも出てこないで何をしてるんですか?」 「…この部誌は」 私が怯えるとでも思っていたのだろうか。 何の屈託もない表情で言葉を返され、鳳は僅かに困惑したようだ。 「ここに、大里由美とありますけど……この人が?」 表紙の下の部分を指差して尋ねると、鳳もその部分に目をやって眉を寄せた。 「知りませんよ、そんな人」 「そう…ですか」 そっか。去年だから鳳たちも入学していない頃に書かれていたんだ。 (跡部とかなら知ってるかな) 「でも先輩方に、その人の話を聞いたことがあります」 「?」 「あなたと同類ですよ」 「!」 鳳の言葉だけで、おそらくマネージャーであろう彼女の境遇を理解できてしまった。きっと彼女も、亜里沙に嵌められたものの一人なのだろう。 まだ少ししか目を通してはいないけど、彼女がどれだけテニスを好きか、テニス部を好きか、よく分かった。 「その人はマネージャーとして入部したての亜里沙先輩に暴行して、罵って、部から追い出そうとしたらしいですよ。」 「…」 「そして見かねた跡部先輩達がその…何とかって先輩を退部させたらしいです」 「殴ったり蹴ったりして…ですか?」 立ち上がった私は背の高い鳳を見上げた。 鳳は、感情の読めない目をこちらに向けてくる。 「亜里沙先輩がいないから、自分を売り込む気ですか?…悪いけど、そうはいかない」 何でこいつらって 皆して頭カッチカチなのかな。 「あなた達に媚び売ったって、私には一文の得にもなりませんよ」 「ならどうして」 「テニス部に入ったかって?…バカにしてるんですか?」 「!」 「跡部が私を勧誘する、あの場にあなたもいたでしょう。あの日、あなた方全員に誘われなければ私がこの部に入る事なんてなかった。…それに こんなに、虚しくなることだってなかったんですよ…。」 お前ら皆自分勝手すぎだ。 勧誘した張本人である跡部はどっちつかずの傍観主義者だし、全員あの場に居ながらどうして私が「テニス部レギュラー目当て」だなんて思えるんだろう。 私はあんたらになんてもう一切の興味もないのに。 もとからザンザスオンリーだったけど。 「…練習に戻ります。」 鳳は体に似つかない小さな声で告げると、私に背を向けた。 入ってきた時の私を責めるような口調はもう見られない。彼自身、完璧な悪者になりきれない、そういう部類の人間なのだろう。 そしてそれは鳳自身も分かっているようだ。 「俺はあなたを許しません。亜里沙先輩を傷付けて満足するようなあなたを許しません。同情も、しません。」 ふとした時に現状に疑問を抱いてしまわぬよう 自分のしている事の良し悪しを一瞬でも考えてしまわぬよう 苗字なまえの人間性を受け入れてしまわぬよう 「その腕も……謝る気は、ありませんから。」 視野を狭め、 耳を塞ぎ、 懸命に自分を正当化しようとしている鳳という一人の少年を、私は悲しく思った。 善人と悪人 かわいそうに、と (部室を出る直前、彼女がぽつりと口にした言葉が耳に残って離れない) ×
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