「なあ、日吉なんか変じゃなかったか?」
「俺もそう思った」

向日と並んで歩きながら、宍戸はなまえの事を考えていた。
いつもは朝練に参加しないが今日行ってみたらなぜか当たり前のようにコートにいたのだ。キレた忍足の暴言も無視して、ボールを磨き、それを終わるとさっさと戻っていった。
そんななまえを、日吉はしきりに気にしていたように見えた。

「苗字の所為だ」

確信したような宍戸の言葉。
向日が理由を尋ねようとした時、ちょうどチャイムが鳴った。
二人同時に駆け出す。
廊下を曲がって視線を前に向けると、自分たちの教室の前に見知らぬ少年が立っている。

「…おい、宍戸!あいつ昨日の」
「……ああ」

「ン?何お前ら、王子になんかよー?」


前髪で隠れた瞳から射殺すような殺気が二人に向けて放たれた。宍戸は眉をひそめ、静かに口を開いた。
廊下に重たい空気が満ちる。

「…お前、苗字の知り合いか」
「誰オマエ」
「質問に答えろよ」
「は…?オマエ、俺に命令すんの?」

「ベルフェゴール」

この国ではあまり聞きなれない名前が二人の耳に入った。だがそれは目の前の青年の口から放たれたものではなく、教室の中から聞こえた。よく知る担任の声だ。
「様付けろよな」つまらなそうに手を頭の後ろで組んだ青年、ベルフェゴールは二人から視線を外した。

「ま、今は見逃してやっけど、次はねぇから」

そう言い残して教室に入っていくその姿を二人は黙って見送った。
冗談のような言葉の裏には自分達には到底ない気迫がこもっていた気がする。ベルの姿が教室の中に消えた途端、どっと汗が噴き出した。隣にいた向日も、顔から生気が失われている。

「…な、んだよ、あいつ」

知らぬが仏

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