――パンッ

教室に足を踏み入れた瞬間、目に涙をいっぱい溜めた亜里沙に頬を叩かれた。流石の私も唖然と目の前の人物を見つめる。こいつ、こんなに人の目がある所で私叩くなんて…一体何を

「もう止めてよなまえちゃん!」
「?」
「亜里沙に何かするのは構わない!でも、ジローまで巻き込まないでっ」

私は今すごく怪訝な顔をしてるんだろうな。
そこで亜里沙の考えがやっと読めた。

「なまえちゃんの勝手でジローを、皆を、滅茶苦茶にしないでよぉ…!」
「皆テニスがしたいだけなのにっ」
「がんばってるみんなを、邪魔しないで!やる、なら、亜里沙一人にして!」

苛めを受けている可哀想な少女が、仲間の為に涙を流しながら怒る構図をまんまと完成させられてしまったわけだ。ここまでくると、亜里沙の演技力とそのタイミングを認めざるを得ないよね。


「亜里沙…!」
「止めろよ、お前一人が犠牲になる必要なんてねーよ!」
「亜里沙!私達もいるよっ」
「こんな奴、俺達全員の力で学校辞めさせちまえばいいんだっ」
「そうだそうだ!」

そして盛り上がるギャラリー。
この亜里沙に傾きかけた状況をひっくり返すためには、もう最終手段だ。私は手を振り上げて叩かれた同じ力で亜里沙の頬を叩き返した。
途端に静まり返る教室。
私は手の甲を叩かれた自分の頬にペチペチと当てて、静かに言う。


「お返し です」

実際に起こらなかったこと、起こり得ない事をまるで在ったかのように語った亜里沙。私からの「オカエシ」は、何も知らずに殴られ罵られた少女の反抗にしては、些か物足りなかったかもしれない。

「…いい加減にしてください。あなたの言ってる事は嘘ばかりで、聞くに堪えません」
「っんだと!」
「往生際悪ィんだよ!」

「あなた方も、そう思うならどうして昼夜彼女についていてあげないんですか?」
「!」
「そうすれば私が何もしていない事が分かりますよ」
「それはっお前が」
「隙をついて殴ってるとでも?…すいません、そこまで暇じゃないです」

暇というワードに敏感に反応したクラスメイト達が一気に怒りのボルテージを上げる。

「もう黙れよ、お前」
宍戸の低い声。知った事か。
「その薄っぺらい友情の表面しか見えてない盲目のあなた達が、どんな綺麗言を口にしようが、それは所詮建前で、それに踊らされてお互いで満足しあってる姿なんか、

ちゃんちゃらおかしくってなりません」

最後にそう締めくくれば、怒りで赤く染まった顔の生徒達の向こうに、困り果てた様子の女教師の姿が垣間見えた。目が合うとビクリと肩を揺らし、教室をそっと抜け出していく。――うん、この状況はそれが最善。

「よくも、ンな事言えるな……!!」
「…真実です」
「うるせぇ!!」

細いくせに力は強いらしい。宍戸に力任せに突き飛ばされた私は机の群れに倒れ込み、運悪く頭を強く打った。目の前で火花が弾け、後を追うように鈍い痛みが患部を襲う。
ゆっくり体を起こす。一瞬視線を上げると、宍戸の表情に「しまった」と一瞬後悔の念が過ったのを見た。

「、」
「!」

パタタ、と床に血が落ちる。(何だ、切れちゃったんだ)
自ずと鈍りかける思考の端で、私が普通の女の子だったら、なんてどうでもいい仮説が頭をよぎる。無実の罪でクラス中から非難され、何を言っても信じてもらえず、暴行を受けて…。
きっと辛くて仕方ないに決まってる。誰かに助けてほしくて、たまらないはずだ。
そう考えると、自然と声はか細く、泣きそうな色へと形を変えた。


「いたい」

痛いに決まってる

「いたい、です」

傷じゃなくて
心が。
synchronize

「しんじてもらえないのは、いたい です」

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