「これに懲りたら、もう亜里沙に手出しはしない事ですね」
「…けほ、」
「行こうぜ」
「ああ」

彼らが立ち去り、静まり返った部室の床に横たわる私のなんと惨めなことか。あんな弱い相手の攻撃でも反撃せずにやり過ごすのには苦労する。情けない格好悪いダサい、あーあ、こんな姿絶対ザンザスには見られたくないや。

「…」
何でもいい。カッ消すでも、失せろでもドカスでもなんでもいいから声が聴きたい

「ねえ、ザンザス…」


***



最近の科学技術とは恐れ入ったもので。国境をどれだけ越えようと人工衛星やら何やらを一つ通せばどの国のどの地域のどんな場所の映像だって受け取ることができる。
――そしてなまえが手ずから持って行った造花型隠しカメラもまたその機能を搭載していた。日本からヴァリアーアジトに飛ばされてきた映像、つまりターゲットの悪事をごそっと映したそれを編集し無駄を省き、日本にいるなまえに送り返すのがここでの仕事だ。

話は変わって、なまえが任務に出てから目に見えて荒れ始めた我らがボス。ちょっと元気づけてやろうかと考えた事がそもそもの過ちであったと、スクアーロは今更にして気が付いたのだった。


「ドカスが…!!!」

ザンザスの蹴り上げたワインの瓶が宙を舞う。しかし今や誰もそれを止める気は起こらなかった。
カーテンで外界から遮断されたその部屋で、白い壁に映し出された映像はその場にいたもの全員の気を一瞬でひきつけ、部屋の空気を怒りのそれで満たした。

事の発端はベルの一言である。
「ししっし、アイツがヘマってねーかチェックしようぜ!」
「面白ぇ」
「う"お"ぉおい!遊びじゃねぇぞぉ!」
「そう言いつつセットしてんじゃんカスアーロ」
「んだとぉ!!?」
「煩ぇ、ドカス」
ベルもスクアーロも、当然ザンザスも。送られてきた映像がこんなものだとは思いもよらなかったろう。

歯を食いしばって、必死で暴行を受けるなまえが画面に映り出た瞬間、ザンザスの手に宿った憤怒の炎。

「…何これ、王子意味わかんねんだけど。何でアイツ反撃しないわけ」

ベルの声が震えたように聞こえた。
ザンザスは無言で、画面を見据え続ける。


『これに懲りたら、もう亜里沙に手出しはしない事ですね』
『行こうぜ』
『ああ』

亜里沙。ああ、ターゲットの小娘の差し金か。と納得した所で床に倒れ込んでいたなまえが呻き声をあげた。仰向けになり、ゆるゆると上がった手の甲は口端の血を拭う。


『――ねえ、ザンザス』

やがてぽつりと溢された言葉。助けを求めるような響きを孕んだその声がこちらに届いた時、ザンザスは腰を上げた。

「発つ。――…今夜だ」

どこへとは言わずもがな
「う"お"ぉい!腕が鳴るぜぇ!」
「しっしし!なまえ、あいつぜってービビんな」

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