咄嗟にドアから距離をあけた私に、忍足は焦ったように言う。私に攻撃してくる気配はなさそうだ。

「そないに警戒せぇへんでもええで。俺、なまえチャン助けにきてん」
「…助けに?」
「せや」
ドアの隙間から外を確認した忍足はガラリと扉を閉めて、溜息を吐く。

「ふう…。とにかく無事で良かったわ」
「…」
私は忍足を見上げた。
忍足のそれはジローが私に問いかけたように優しく、気遣いに溢れていた。(ああ、この人も)

「どっか怪我してへんか?」
「大丈夫、です…。でも、どうしてここが?」
「この階で逃げ取るんやったら、ここが一番見つかりにくい場所やからな。
 一応見に来たら、ドンピシャリやった」
「…そうでしたか」
「外はえらい騒ぎやで」
「信じてください。私、やっていません」
「分かっとる。なまえちゃんみたいなかわええ子が、そないなことするわけない」
「…っ」
「…よう頑張ったな。俺は、なまえちゃんの」

――味方やで。
紡がれそこねた言葉の続きがなまえには分かっていた。だからこそ、なまえの頭に伸びてきた忍足の手をなまえは無言で振り払う。
忍足の、驚いた顔。


「――――甘く囁いて安心させたところを突き放す気だったのでしたら、残念。失敗ですね」
「何…言うてん?」
「猿芝居なら結構です。だって、とっくに気付いてましたし」

すっと立てた人差し指を、自分の唇にあてがった。鋭く目を細めたなまえは、忍足に向かって一字一句はっきりと告げた。


「嘘吐きは、泥棒の始まりだそうですよ」
嘘吐きは?


すとんと優しさの抜け落ちた無表情の忍足が口角を上げる。
その瞳の暗がりを、なまえはやはり真っ直ぐ見つめ返すのだった。

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