私の後ろを黙々と追ってくるのは日吉だ。怖い怖い。超怖い。何を考えてるのかさっぱりわからないという怖さ。 「苗字先輩」 「(うお、喋った)」 「窓から逃げても無駄ですよ」 「え?」 「跡部さんが人員を配置していますから。」 まさかと思って窓に寄り、下を覗いてみる。すると―― 「うわ!」 校舎沿いにずらりと並ぶジャージ姿の生徒達。 「あ!」 そのうちの一人がこちらを見上げて目を輝かせた。 「苗字先輩いるぞ」 「マジ!?」 「ほんとだ!やっぱ来てたんだ」 「苗字せんぱーい!!」 準レギュの皆…!下りられないって?むしろ喜んで飛び下りるわ! 窓枠に足をかけたところを日吉に捕まる。 「…骨折りますから」 「折らないよ」 「知ってますよ」 「…」 「日吉だ!」「あいつ!」「おい日吉苗字先輩を離せ」「先輩は俺らのだ!!」 ガラガラ、ピシャ! 「…」 「…」 窓が閉められて、準レギュの皆からの声はシャトアウトされる。 日吉は真面目そのものな顔で私を見つめている。(もしくは睨んでいる。) 「苗字先輩」 「謝罪はいらない!」 「あんたはいつもそればかりだ」 「…」 「俺が初めて話しかけた時。あの時もあんたは謝罪を拒んだ」 うっすらと覚えている。 そう言われてみれば私は謝罪を拒んでばかりだけど、どれにも理由があるのだ。 「俺達を騙してたのは、亜里沙だけじゃない。先輩もだ」 面と向かってそう言われると、少し詰まってしまう。 「…うん」 「本当は物静かでもクールでもない。」 「…」 「話し方も、そこらへんの女子と変わらない。がさつで騒がしい」 「……うん。」間違ってない。 「……でも、先輩は テニスをする俺達には、真剣でいてくれた。」 「!」 ――間違ってない。 だって、私もそれだけは言える。 そりゃ忍足や向日達は大嫌いだった。けど、コートには跡部やジローや樺地がいた。準レギュの皆がいた。それに、このコートに立って練習をしている時の彼ら(亜里沙派)は、他の生活の上で比べたら無害だったのだ。 私はここへ来て、初めてテニスを見たけど、正直強いと思った。 強いものは好きだ。 強くて一生懸命なのは、もっと好き。 だから、知らないうちに私も一生懸命になった。 タオルもちゃんと干したし、ドリンクも用意したし、少しだけならルールも覚えた。私がスポーツに一生懸命になるなんて、ベルあたりが聞いたら爆笑されるはずだ。 テニスに関してだけは、本当に、演技無しで取り組んだと言ってもいい。 だからそれを日吉に指摘されて思わず言葉を失ってしまった。 日吉は、やっぱり、と小さく息を吐いた。 「先輩に一つだけ、言い忘れてた事がありました。」 日吉はそう言って私から数歩離れ、上履きを脱ぐ。 「、あ」 たくし上げたズボンの下に見えたのは、シップの施された足首。 私がそれを見たのを確認すると、日吉は直ぐに上履きを履き直し、くるりと私に背を向ける。 「……直ぐに治します。」 「…」 「そしたら、先輩達を下剋上して…俺がトップに立ってやる」 「日吉…」 「言っておきますけど、俺は意地っ張りじゃない。」 立ち止まって振り返った日吉の顔に、あの日向けられたような刺々しさは、もうない。 「負けず嫌いなだけです」 勝気な笑みだけがそこには浮かんでいた。 (一緒じゃんか。) うっかりつられて笑ってしまった。 咳払いを一つして振り返れば、すごく近い位置ににこにこと微笑んだジローが立っていた。 ×
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