「騒ぎは収まったらしいな…。確認してくるからお前らはここにいろ。」

そう言って生徒会室を出ようとした跡部に無理やりついて来た俺達。体育館に飛び込んだ時、目に入った光景に思わず息を潜めた。
床に座り込んで涙を流す亜里沙と、亜里沙に銃を向けたまま微動だにしないなまえ。


「なまえ。」

その呼びかけに、なまえは振り返りもせずに「何?ジロー」と返した。
跡部も樺地もジローも、なまえの行動に驚いているわけでは無さそうだ。(もしかしたら、何度か見たことがあるのかもしれない。)

「な、なぁ…宍戸」
斜め後ろにいた向日が小声で言った。

「あれ、ニセモンじゃねェんだよな…?」
「……多分な。」
「この期に及んで偽物は使わへんやろ」
忍足の同意もあり、向日は更に顔を青くさせた。


あらぬ罪をかぶせてなまえを陥れた亜里沙。その亜里沙に制裁を、と、なまえが引き金を引く可能性は極めて高い。


「亜里沙を撃たないで」

「ジロー…!?」

なまえはゆっくりと顔をこちらに向けた。
ジローの単刀直入過ぎる願望に怒りを抱いているものと思ったが、なまえの表情からそれは伺えない。そして彼女はあっさりと首を縦に振った。

「分かった。」
「な!!」
「……何?宍戸。私に亜里沙を殺してほしいの?」
まさか自分に矛先が向くとは思っていなかった。俺は慌てて首を振る。

「ちょっと驚いただけだ!」
「…ま、約束だからね。」
銃を服の内側にしまったなまえ。
それを見て、分けは分からないながらも俺達は肩から力を抜いた。


「どうして……」

か細く震えていたのは、亜里沙の声だ。


「どうして、殺さないの…?」
「…亜里沙」
「ジローも……何で、そんなこと頼むの…??」

私は皆を裏切ったのに。




「……亜里沙。俺達は、お前一人に今回の責任を全て擦り付ける気は無い」
「景吾……」
「だが、ケジメはつける。亜里沙

 俺達と一緒に、あいつらに謝りに行こう。」

亜里沙は呆然と俺達を見つめた後、乾いた笑い声をあげた。しかし亜里沙が混乱しているのは明らかで、笑った後黙り込み、泣きそうになりながら、眉を吊り上げて口を開閉する。

「謝りに行ったところで!…あいつらが許すわけないじゃない」
語尾には自嘲じみた色が混じる。

「当たり前だ!」

思わず口から言葉が出た。
近くからも遠くからも視線を浴び、この上なく居たたまれない雰囲気の中、俺は意を決して亜里沙に向き直る。


「お前のことも、俺達のことも、あいつらは許さねぇよ」
「……宍戸さん」
「顔も見たくねぇはずだ!」
「なら、」
「でも…ッ


 俺達がつけた傷があるだろうが!!」

「…!」

心にも体にも、未だに残ってるはずなんだ。
許してもらえなくたっていい。
あいつらには伝えなきゃならねぇ…!
俺達が真実を知った事を。もう疑っていないことを。悪いと、償いてぇと思ってる事を。


「………」
跡部とジローを押し退けて前に出る。俺の直線状にいるあいつは、感情の読めない目を俺に向けていた。足が強張る。呼吸が詰まる。(関係ねぇ)

「なまえ」
「…」
「わ」

悪かった。そう言いかけた俺の口を掌でふさいだなまえの顔は、まるきり不貞腐れていた。

「誠意とか、熱意とか、…あたしそういうの弱い。好き」
俺の謝罪を隔てた手のひらは直ぐに離れていったが、その言葉の真意が理解できず、俺は眉を寄せた。
「…は?」
「だからやめて。今回の件であたしはあんたらに謝られたって嬉しくもなんともない」

くるりと体の向きを変え、なまえは俺達から離れていった。

「…フッ。あいつは、自分は例外だと思ってんだよ」
「跡部…」
いつの間にか傍に来ていた跡部は、そう言って髪を掻き上げた。

「なまえの強さは見ただろ。」
「ああ…」
「アイツが本気出したら、俺達がいくら寄せ集まったって敵わねェ」
「…自分が怪我したのは自分のせいでもある。って言いたいんですか?…あの人は」
「まあ、そんなとこだろ」
「……気に食わんやっちゃ」
吐き捨てるように言った忍足の言葉にも、刺々しいものは見当たらない。
ジローは眉を下げて「なまえは超絶ぶきっちょだC〜」と笑った。


「亜里沙」
「!!…がっくん」
「立てよ」

亜里沙に手を差し伸べたのは、向日だ。

「正直、もうお前のこと信用できねーよ」
「…」
「だけど、殴ったり絶対しねぇ…。絶対しねぇからな!」
「……馬鹿じゃないの」
「何だと!?」
亜里沙が向日の手を取る。顔を俯かせながら、嗚咽交じりに口を開いた。
「バカだよ。馬鹿。……っ


バカ…!あいつも、あんたたちも………――あたしも…!」


必死で涙を拭い、立ち上がった亜里沙。跡部は口端を上げ、ジローは小さく呟いた。

「ありのままでいてよ」

「………うん」
「ありのままが嫌なら、隠すんじゃなくて…変えればいい」
「…っ」
「俺は、そう思うCー」
「………う゛、ん」
泣きじゃくる亜里沙は、嗚咽を交えながら、掠れた声で謝った。何度も、何度も



道標

漠然と思った。
――俺達は立て直せるのかもしれねぇ。
また1から、全員で作り直せば、きっとやれる。遠回りには違いねぇが…きっと。

(…悪かったよりも、お前に伝えたい言葉がある。)

「…なまえ」


謝罪を拒むお前は、

俺達全員のこの気持ちなら、
受け取ってくれるんだろうか。

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