完璧にこいつの存在を忘れてた。気絶させて以降、ずっとステージの端に転がしておいたんだった。
私はザンザスの耳元でそっと囁いた。
私からは見えないけれど、私に抱き着かれたままのザンザスからはステージにいる亜里沙がよく見えるはずだ。


「お父様!」
「ああ、亜里沙。そこにいたのか」
「ええ!お父様すごい!ボンゴレを追い詰めたのねっ」

亜里沙がはしゃぎながらステージを飛び下りたのが、小さな振動で分かった。

「そうとも!ボンゴレを崩したとあらば、アルギットファミリーの強大さは全世界に広まる!」
「すごい…!すごいわ!ではお父様、今から私達の『α』でそいつらを皆殺しにするのね?そのバズーカの中に入っているんでしょう??」
「ハッハッハ!亜里沙は頭の良い子だ。よく分かったね」
「もちろん!お父様の子ですもの!」

亜里沙が近づいてくる。
しかし、鳥居はまるで油断を見せない。(…当然っちゃ当然、だよね。だって)

「じゃあ亜里沙にもそのマスク頂戴!」
「ハッハッハ、亜里沙、それはできないよ」
「うん。……………え…?」

「そこを動かないでくれ。私からの最期のお願いだよ」

「……おとう、様…?」

「亜里沙。なぜならお前はここで死ぬんだ。こいつらと一緒にね」




亜里沙の驚愕がこちらにまで伝わってきそうな、そんな沈黙だった。

「亜里沙、お前は今までよく働いてくれた。だが、私は何度も教えたはずだよ?『口は災いの元だ』とね」
「…お、おと」
「ボンゴレに嗅ぎつけられたのは、お前がガキ共に上手く薬を売れなかったせいだ。それに、アルギットの情報も迂闊に流していたようだね。」
「ち、ちがうの…ちがうの!パパ!」
「お前は生きていても、私のメリットになるとは思えない。ここでこいつらと一緒に消してしまう計画だったのだよ。初めからね」
「………あぁ、あ…ぁあ」


信じられねぇ、と小さく溢したのは獄寺だ。
「テメェ…!自分の娘を殺すのかよ!あんだけ可愛がってた娘じゃねえのか!?おい!」
「…貴様らには理解できまい。」
鳥居はガスマスク越しに、長い溜息を吐いた。

「私の胸は欠片も痛んでなどいないのだよ。なぜなら私は優秀な科学者で、そして、鳥居亜里沙は私の生み出した道具に過ぎない。私がマフィア界の王になるための駒。そう、愛など……持ち合わせる筈もない」


崩れ落ちた亜里沙。床に伏せて、嗚咽を漏らしている。
私の隣では怒りに震えた綱吉がギリッと歯を噛みしめている。綱吉だけじゃない。彼らは、みな。


(…なんだか、な。)




私は……違うか、私達は、だ。やっぱり彼らとは少し違うのだ。
鳥居の発言にそこまで怒りは湧かない。鳥居亜里沙ドンマイとか。やっぱ親子だな。くらいの感想しか抱けないのだ。
きっとザンザスも、スクアーロもベルも一緒だと思う。

だって今まで出会ってきて殺してきた人間は、だいたいこんな感じだったから。
自己の野望のために家族や仲間を売るなんてざらな話だし、いちいち哀れんでいたら身が持たないよ。綱吉達や9代目みたいなタイプの人は、こういう輩を殊更に嫌うんだろうけど。

ザンザスはそんな甘ったれな平和主義者が嫌いみたいだけど、私はけっこう好き。
だから今にも飛び出していきそうな綱吉や皆を守りたいと純粋に思う。


つまりこれは、鳥居に粛清の為の一発ではなくて。
目前の危機から私達と彼らの命を守るための、最善の一発という事になるわけ。


―――ドォン!!

お分かり?諸君

ベレッタM92F。Beretta U.S.A 製造。シリアルナンバー BER161010。口径9mm、重量975g、全長217mm、装弾数15発(内、4発使用)
ここぞという時に使う、私の「とっておき」の相棒である。

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