「楽しいゲームだったのに、ざーんねん」 ふふふっと笑った亜里沙はカーディガンのポケットからグロスを取り出し、自分の唇についっと淡いピンクを引いた。 「……ま、いいわ。」 「亜里沙先輩…!!!」 「亜里沙…ッ」 「…何で」 「…ちょた、亮、侑士」 「っ何でですか!!先輩……何で」 自分の目の前で立ち尽くす3人に、亜里沙は切なげに微笑んでみせる。 「ごめんね、皆。私本当は……―――あなた達のこと、オモチャとしか思ってなかったの」 「「「!!!!」」」 「人生の中で必要なものはね、愛でも、仲間でも、家族でも、希望でもない。…金と権力よ!…まあ、付け足すなら"美貌"かな」 恍惚とした表情で、亜里沙は続ける。 「大した権力も美貌も持っていない人間なんてクズよ。」 「テニス部のあなた達は、そのへんを満たしていたから傍に居させてあげたの」 「だけどそれ以外のクズは、そうね…生きてる価値もない」 亜里沙は視線を、鳳たちから、その他の生徒達に向けて言い放った。 「今までオツカレ様。下僕の皆さん」 「…め、……テメェ…!!!!」手前にいた男子生徒が、宍戸を押し退けて亜里沙の前へ飛び出した。そして大きく拳を振りかぶり、亜里沙に殴りかかる。 ――パシ。 それを受け止めたのは、また別の男子生徒だった。 「吉田…!?」 「…お前、亜里沙様に手上げるとか…殺すぞ!」 「お前何言ってんだよ…!こいつは俺達を騙してたんだぞ!」 「バーカ」 吉田と呼ばれた男子生徒はニヤリと笑んで告げる。 「騙されたのは『俺達』じゃない。…『お前達』だ」 「なっ」 彼は驚愕していたが、吉田の鋭い一撃を頬に受け、壁際まで一気に転がっていった。 (…ふうん。これが、裏ファンクラブ) 「キャー!!!」 「せ、先生!先生たすけて!!」 「っ皆落ち着きなさい!鳥居、いい加減にしないと」 「あら、愚図な先生方。動かない方がいいと思うけど?」 悲鳴はあちこちから上がった。何が起きているか、ここからならよく見える。 「亜里沙には、亜里沙にとても忠実な部下が何人もいるの」 生徒達の列をかき分けて亜里沙の傍にぬっと現れたのは、数人の生徒達。女子が二人。男子は吉田を含めて四人だ。彼らのうち半分は、その手に鋭利な刃物を握っていた。 「亜里沙のパパは、マフィアのボスよ。ここで何人殺したって、警察に捕まる事なんて絶対にないの。」 「へえ。じゃあそれで、私を刺すのかな?」 「ふっふふ…そうよ、なまえ」 「…ッッ亜里沙!!これ以上罪を重ねるのは止めろ!」 「ほーんと、優しいのね景吾って。でももういいの。亜里沙もそろそろ飽きちゃったし」 パチン、亜里沙の指が鳴ると同時に、裏ファンクラブの会員たちはぞわぞわとステージに這い上がり始めた。もう、溜息しか出てこない。 こんな素人の寄せ集めにナイフ持たせて、私に勝てると思ってんのかな。 (…馬鹿) 「跡部!!何突っ立ってんだよ」 「アーン?…何だ宍戸」 「何だじゃねェだろ!…ッおい!ジローも樺地も、向日も!!そいつら刃物持ってんだぞ!苗字助けねェと」 「っそ、そうだ!!」 「大丈夫だC〜」 ジローは駆け出しかけた向日の腕を掴んで留めた。 「は、離せよジロー!」 壇上では、今すぐにでも男達がなまえに飛びかかりそうな状況だ。 「いいから見とけ。俺達が行っても邪魔になる」 「邪魔…に?」 「そーだよ!なまえちゃん、メチャクチャ強ぇC〜!」 「うす」 跡部は「いや、むしろ加勢なんてしたら俺達が危ねえ」と苦い表情で付けたし、他三人にやや下がるようにと指示をした。 「苗字なまえ。有害因子として、貴様を始末する」 「亜里沙様はもう十分忠告したのよ」 「償いなら、地獄でするんだな!」 ――「死ねェェェ!!!!」 あーあ。 「めんどくさ」 なまえは制服のタイをしゅるりと外し、自分へ向かってくるナイフの切っ先をその布で受け入れた。紺色の布は切り裂かれたが、ナイフがなまえに届くことはなく、見事にタイに絡め取られる。―――気が付けば、男のナイフはなまえの手にあった。 「まずは一本。」 そこからはなまえの怒涛の攻撃で、ナイフを持っている奴らからその凶器を取り上げる作業に成功した。ナイフは既に全て天井に突き刺さっている。(手が届かないようになまえがブン投げたため) 「9代目からは、一般生徒は極力傷付けないようにって言われてるけど」 「、きゃ!」 「正当防衛はしかたないよネ」 ナイフが無ければ素手で、と襲いかかって来た男子生徒A(吉田)をかわしながら、女子生徒Aの首に手刀をいれ、男子Bの胸ぐらを掴んで、男子Cと女子Bに向けてブン投げた。激しい衝突で気を失った3人。私の足元でガクガク震えていた男子Dも手刀で眠らせ、最後に後ろから襲ってきた吉田を一本背負いで黙らせる。 活字じゃ些か分かりにくかっただろう。要は、全員倒したわけである。 グリコのポーズをとりたくなるのをぐっとこらえた。 「は、早ぇ…!!」 「何だ今の動き!」 「あの子、本当に苗字なまえ…!?」 「な、なん…なのよ、あんた」 驚愕に顔色を染めた亜里沙に、私は一瞥をくれてやる。 「随分と、軟弱なナイト達だね」 「!!!」 「なまえ、そろそろアイツ等が来るぜ」跡部がそう言って腕時計を確認した為、私は頷いて耳を澄ました。――コツ、… 「ゆ、るさない…許さない。許さないゆるさないユる、さない…!!!」 コツ、コツ 「あんたなんか、お父様に言って殺してやる」 コツ、 「あんたの家族も、みんな!バラバラに消し飛ばしてやる!!」 ――ピタ 聖者の行進 重い音を響かせて開いた扉。向こう側に佇む三人を見て、私は、ようやく閉幕の時が来た。と静かに心の内で悟った。 ×
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