―――ありがとう、ベル


あいつのあんな声は初めて聞いた。
本当に親しいやつには、あんなふうに呼びかけるんだな、お前…。



扉の開く音がして、俺は振り返った。
「やっぱここかよ」
紙パックのジュースをかかげた向日が笑かけた。どうにも、疲れの滲んだ笑顔に見えた。

「屋上で授業サボりとか、バレたら跡部に怒られるぞ。」
「ここにいる時点でお前も同罪だ」
「クソクソ!そういう作戦かよ!」
「違ェよ」

向日に渡されたパックジュースにストローを突き刺す。今日の空は曇天。
午後から晴れるとは言ってたが、むしろ雨が降りそうだと思った。


「………宍戸」
「…あ?」
「……お前さ、」向日は考え込むように口を閉ざした。
俺は黙って向日の言葉の続きを待つ。
屋上にふきつける生ぬるい風が、向日の前髪を揺らした。



「…正直、亜里沙のこと、どう思う」


宍戸は視線を向日から校庭へと移した。
それは、今一番聞かれたくなかったことで、同時に、何よりも聞いてほしいことだった。


「分からねぇ」
「…」
「でも、最近よく、苗字は悪い奴じゃないんじゃねーかって思うことがある」
「!!」

「……だけどよ…そんなことあっちゃいけねェんだよな」

さっき後ろから聞こえた二人の小声の会話。
ベルフェゴールは、苗字の身を案じていた。まるで常に危険が付きまとっているかのように。


「……向日、お前は、感じたことねぇか?」
「…」
「苗字の言葉の、行動の端々に。視線の狭間に。…――あの違和感を」


「ありがとう、お母さん」

「ねェ…!」

「…」

「………ねえ、よ。そんなの」
優しい記憶に蓋をした。

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