事態は思いの外早く収集した。……いや、想像通りと言うべきか。
「…」
クラスの生徒の大半が顔を上げずカタカタ震えながら英語のテキストを解いている姿はこの上なく不気味だった。
私は視線を、クラスメイトから教卓に向ける。
「…」
椅子に腰かけてくあーっと欠伸をするザンザスが、べスターと重なる。こんなこと言ったら殺されそうだけど。

私は小さくため息を落としながらも、久々に心が晴れやかになるのを感じていた。



***




教卓の前に並んだ男子達は、亜里沙の受けた仕打ちを思い怒りに震え、こうしてザンザスに糾弾しに来たわけだが。早くも後悔し始めていた。
―――「こいつ、なんつー迫力だよ…」

目を閉じてただ座しているだけのザンザス。しかしその威圧感は、なんの危険もなく平々凡々に人生を送ってきた少年達にとっては恐怖以外の何物でもなかった。

「教科書を開け。」

「は…!?」ザンザスの突然の言葉に、少年達は声を揃えた。
その他のクラスメイトもまた耳を疑ったことだろう。

たった今自分にぶつけられている悪意をものともせず、まるで意に介さず、授業を始めようとするザンザス。
その言葉が発されてからすぐに動いたのは、イタリアから来た留学生二人だ。―――どうもこの二人は、前からこのザンザスという男の言うことには忠実な気がする。気のせいだろうか。

(まあいい。)

―――俺たちは頷き合った。
亜里沙をこいつらの脅威から守るために。こいつらを氷帝から追い出すために。俺たちは立ち上がった。

「だ、」

誰がお前なんかの言うことを聞くか!!
そう言おうとした、彼らは、ザンザスの瞼が薄く開かれてゆくのを見た。
なぜか、いつか魅了された、あの深海のきらめきを孕む碧眼を思い出した。――しかし今自分達の前にあるのは、それとはまるで正反対の「赤」。


血の色と表現するには、禍々しさが足りない。
目が離せない。
声が、出ない。


殺されるような気がした。



「……」



ザンザスがくいっと顎をしゃくり、彼らに 戻れと指示すると、彼らは転がるようにして教卓から離れた。
大人しく席につき言葉の一切を発しない彼らを見ても、クラスメイト達は理解できないようだった。
事態を把握しているのは、当事者達と、そして暗殺者2名。

「バカな奴ら」
ベルは笑った。


ザンザスの持つ支配力。それは魅力的なまでに強大で、そして絶対だった。





「ちょ、なんだよお前ら!」
「情けないことしてんなよーっ」
「そうよ!亜里沙の仇取ってくれるって言ったじゃない」
「み、みんなもうやめてっ…」
「大丈夫だよ、亜里沙」
「おれたちがまもってやるから!」
「しかたねーな、こうなりゃ俺が……」


―――ズドゴォォォオオンッッッ


「……。」
ザンザスの一瞬の動作により、教卓が教室後方の壁にぶつかり粉砕した。
とたんに静まり返る教室。
そのあり得ない光景に眼を疑っているようだ。生徒達の顔色がだんだんと青く染まっていくのがありありと伺えた。



ひと蹴りで教卓を教室の後方まで吹き飛ばし、壁にひびを入れ、生徒達の心を一瞬で凍りつかせたザンザスは、再び椅子に腰かけた。
「ドカス共。………三度目はねぇ」

それはそれは、

「教科書を開け」

地獄の住人でさえも震え上がらせてしまいそうな程、低く殺気に満ちた声だった。

悪因悪果
もちろん、別の意味で震えている少女もいるわけたが。
(ザンザスかっこいいザンザスかっこいい…)

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