傷が癒えるまで私の身はヴァリアー預かりになった。本当に良いのか、と訪ねてくる九代目の老人に頭を下げる。

今、私の目の前にいる老人は、「ボンゴレファミリー」の九代目。――その名前くらいイタリアに住む人間なら誰だって知ってる。
町の秩序や治安を守り、長い伝統を築き上げた格式あるマフィア組織だ。

「…」

辛そうに視線を落とす老人の傍に、私はそっと近寄った
「この傷はいつか塞がります。」
「!」
「…大丈夫」

「わたしはわたしの幸せを、きっと見つけてみせますから」


老人は目に涙を浮かべ、私をしっかりと抱きしめた。
「La grazia di risparmio di Dio(神のご加護を)」老人の小さな祈りは、確かに私の耳にも届いた。





***




私に与えられた部屋は、ブラウンを基調とした暖炉のある、暖かい部屋だった。
始めは、とても一人では使い切れないほど大きな部屋に案内されたのだったが、XANXUSに頼んでもっと小さなこの部屋を使わせてもらうことになった。

パチパチ、

パチパチ、

マキが赤みを帯びていくのをじっと、高そうな絨毯の上で膝を抱えながら眺める。
部屋の外へ一人で出ると命の保証はできないとXANXUSが言っていたから、私はこうしているしかないのだ。


その時、控えめに部屋の扉が叩かれた。一瞬音に驚いたものの、私は立ち上がってすぐに扉を開ける。
「、…あ」
「こんにちは」
「こ…こんにちは」
「ダメじゃないの。ちゃんと鍵をかけて、相手を確認してから開けなくちゃ」

そこにいたのは、背の高い、モヒカン頭の男の人。声は少し高い。話し方は女の人のようだから、もしかしたら女の人なのかも。サングラスをかけていたからよく分からないけど、言葉の節々からは労わりの色が伺えた。
何度か見かけたことはあるけど、話をしたのはこれが初めてだった。

「はじめまして、私はルッスーリア。よろしくね」
「こちらこそ…。私は」
「なまえちゃんでしょ?知ってるわ」
「あ…」
「やだ、違うのよ」
ほんの少しの気まずさに視線を落とした私の前で手を振るルッスーリア。

「あなたがここへ連れて来られる前から知ってた。」
「?」
(それって…)
理解できずに首をかしげると、ルッスーリアは少し間を置いて静かに笑った。



「私ね、あなたのお父様とお母様に、お会いしたことがあるの。


 ―――あの二人は、私の命の恩人なのよ」



***


任務を終えて屋敷に戻ってきたベルは、その足でなまえの部屋に向かった。
「…」

今日は朝から、任務中も…今の今まで。何を話したらいいのか分からずずっと悩み続けていた。
(いっそアイツの事なんて忘れちまえば楽なんじゃね?今までのこと全部夢でした、みてーな)
何度もそんな無謀を考え、忘却を試みた。
――しかし数秒後にはまたなまえの事を考えている。
そんな繰り返しにうんざりしつつも、ベルは最後まで悩み続けた。いや、続けているのだ。

「?」

結局言いたい事もまとまらないうちになまえの部屋に着き、取っ手に手をかけたところで中から話し声が聞こえた。
「(っと…先客)」
これがフランやスクアーロであれば気にせず踏み込むが、もしXANXUSだった場合の事を考えてベルはギリギリ踏みとどまった。そしてそっと、部屋の扉に耳を押し付けてみる。


『命の恩人、ですか…?』

なまえの声だ。
ドクリと心臓が小さく跳ね、ベルは無意識のうちに息を殺した。理由は分からないが、妙に緊張していた。


「ええ。昔、任務の時にしくじって大怪我を負ったことがあってね…」

(ルッス…?)
なまえの声に応じたのは、ベルの想像もしない人物だった。


「アジトにも戻れず路地裏で…。あなたのお母様が見つけてくれなかったら、私の命はそこで絶えてたでしょうね」
「……そんなことが」
「貴女が生まれるずっと前の話よ…。そして彼女は身元も分からない私を家に招き入れてくれた。そしてあなたのお父様…彼は何も聞かずに私の事を治療してくれたわ。―――私は本当に、二人には感謝するばかりなの。」


「…」
そんなことがあったのは、きっと誰も知らない。
ヴァリアー内では、任務に関わった一般人は殺すと言う暗黙のルールがあった。――なまえの両親がその後も生きてたって事は、ルッスーリアはなまえの親の名前や居所をボスに話さなかったのだろう。
…もしくは、ボスが話さないことを許した、か。

(そりゃねーか。…相当機嫌いい時じゃねーと無理だろうし、ボスが機嫌いい日なんてめったにねーから)




「なまえ…」

ルッスーリアの声は続いた。
この先どんな言葉が出てくるかなんて、そんなのベルにさえ分かることだった。



「貴女を守ってあげられなくてごめんなさい…。貴女のご両親を、最後まで信じられなかった」

この扉の向こうで、ルッスーリアはなまえに頭を下げているのだろう。ベルにはなまえの表情が扉越しに透けて見えるようだった。

そう…この後きっとあいつはこう言うだろう。
「『頭をあげてください。』」


ほらな。でも、それ以降はわかんね。
なまえがどんなふうにルッスーリアを赦すのか。俺には到底想像もつかねーんだよな。(まあ、つくわけねーけど。)
ただ、解かる。


「私………嬉しいん、です。ほんとうです」

「お母さんとお父さんは、あなたの………ルッスーリアの命を救った。」

なまえは

「……嬉しい」

「私のすぐ傍に、ふたりの事を。私の両親を覚えていてくれる人がいる、ことが…」

ルッスーリアを許す。

「――…嬉しくて、たまらないんです」


理解
心から許して、きっと笑うんだろう。

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