私は自分が世界で一番の幸せ者だと思っていた。
善き両親に恵まれ、裕福とまではいかなくとも決して飢える事の無い生活を送り、自分を愛してくれる人に囲まれて育ったことは私の人生最大の幸福だ。
母は幼い頃から私に語り聞かせるように言った。
「人を憎んではだめよ」
自分の身の回りに憎む相手などいなかった私はそれでも頷いた。そもそも憎しみと言う感情を知らなかった。母はそれでいいと言った。
父は幼い頃から私を勇気付けるように笑った。
「笑いなさい。お前は、笑顔がよく似合う」
それでもよく泣く私に父は、泣くなとは言わなかった。泣きたい時に泣くことより、泣きたい時に笑うことの方が大変なのだそうだ。
私は母と父が好きだった。庭師のおじさんも、お手伝いの鈴木さんも。学校の友達も、先生も、皆の事が好きだった。




なすすべなく




なまえ様は誰にでも愛されておいででした。
華奢で陶器のように白い肌、淡いすすき色の髪は太陽の光で金色に煌めき、笑えば人形のように愛らしく、その瞳は慈愛に満ちておりました。誰もがなまえ様を大切に扱い、なまえ様もまたそうしてくれる周りの人間を大切になさいます。
「鈴木さん」私を呼ぶ声さえも主人と使用人の隔たりなど全く感じさせず、私は、私が今まで仕えたどの方々よりもあなた様の力になりたいと強く強く思ったのです。


「なまえ様、お、にげくださ…い」


だからどうか神様、いらっしゃるのなら、あの方を助けて。あの方から笑顔をお奪いにならないで…。
「なまえ、さ、ま」
視界が赤く染まる瞬間、とてもよくお似合いな真っ白い世界でなまえ様がこちらに笑いかけてくださった。私の知る、私達の好きなあの笑顔で。私はそれだけで報われた。私は死んだ。

反転、


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