(ルッスーリア視点)



あの夫婦と出会ったのはもう随分昔の事になる。ヴァリアーに勧誘されて間もなく、まだまだ力の無かった私は任務先で大怪我を負い、アジトまで戻る事も出来ずに路地裏に息をひそめていた。

「…みっともない、わねぇ」

体中が痛くて、もうどこが一番酷い怪我なのかも感覚では分からなくなっていた。
ただ、死んでいないところを見ると、致命傷は負わされていないらしい。
(取りあえず任務を片付けた報告だけ入れたからそっちは問題ないはずだけど…この先どうしようかしら。このままここに居ても、血を流し過ぎてやがて死んでしまうだろうし。)


「ハ、ァ…困った、わ」


「きゃっ!」突然傍で上がった声。跳ねるようにしてそちらを向けば、一人の女が口に手を当てて私を見つめていた。
(何てこと…。気配に気付かなかったなんて)
手っ取り早く消してしまおうと思ったが、傷は自分の想像を超えていたらしい。女を殺すどころか立ち上がる事さえもままならなかった。仕方なしに、サングラス越しに睨みつける。


「消えなさい。今立ち去れば、命は、助けてあげるわよ」
「…、あなた!」
「!」

女は私の言葉などまるで耳にも入らなかったかのようで、駆け寄って来ると傍に跪いた。女のクリーム色のエプロンの裾が地面に広がった私の血で赤黒く染まる。

「酷い怪我…!」
「ちょっと、何してるのよ!」
「何って…止血を」
「止血!?ッ、そんなのいいから今すぐ消えなさい!」
「だめよ!」
「っ」
「放っておいたら、あなたが死んでしまう」

私より二回り近くも小柄なその女は、一度は驚愕に揺れた瞳にしっかりとした意志を宿して私を見上げた。
「…」



私はどうしてか返す言葉を失って、結局、言われるままに女の家へ入った。
その路地ははちょうど家の真裏だったようで人目につく事は無かったのだが、中へ入れば女の夫がバタバタ駆けつけてきた。
―――喚くなり騒ぐなりしたら二人まとめて殺してやるわ。
そう決めていたのに、男はそのどちらもしなかった。
流石に驚いてはいたようだが、(自分の妻が、瀕死の人間をに肩を貸して現れたら、驚くのは当然よね。)すぐに女と変わって私の腕を自分の肩にかける。


「家の裏で倒れていて」
「分かった」

夫婦の間でその二言だけが交わさる。ただ荒く息を吐きながら警戒心を剥き出しにしている私に向けられたのは、男の優しげな微笑みだけだった。

「ひとまず、あなたの命を繋ぎます。私を信用なさってください。」


信用しろと言われて信用する人間は稀だろうが、なぜか男にはYESと言わせる気迫があった。実際私も、そう言われた瞬間に警戒心をほどいてしまっていた。
昔自分は医者だった、と、男はそう言って私に治療を施した。
男のおかげで傷は塞がり、血も止まり、死を間逃れた私はその晩に彼らの家を出た。

ヴァリアーには、自分に携わった一般人は殺せという暗黙のルールがあったのだ。


私は殺せなかった。



治療の最中、傍らに立って懸命に私を励まし続けた女性と、得体の知れない私を直してくれた男性に、私は陰ながら一生感謝する事を誓ったから。

ボスは私を一発殴るだけで許してくれた。
わがままを聞いてくれたボスにも感謝して、数年が経ち、風の噂で夫婦が子供を授かったと聞いた。――花のように、可愛らしい子供を。










「ごめんなさい」

あなた達の大切な娘を守る事が出来なかった。
あなた達を信じきることができなかった。

ごめんなさい、ごめんなさいね…。


でももし、あの子が、

(ありえないかもしれないけど、本当に、もし)


この場所を望むなら


「……」

望むのだと、したら、今度は―――、今度こそは
きっと私が護ってみせるわ。…いえ

if...

私達が、必ず

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