「あ、あごんさーん……?」
ばくばくと煩い心臓。それでも、阿含さんからの返答はない。文字通り固まっていた。一体全体どういうことだろうかと、目の前で手を振ったり、サングラスを上げたり下げたりしていると、ハッとしたように阿含さんは私から離れた。
「かっ、」
「え?」
「かっ、カカカ、カッカカス!!お前、…………お、」
俺を好きになったのか。
信じられないと言わんばかりの表情で私を見る阿含さん。私が信じられないのは阿含さんのどもりようだったけど、その問いかけにはこくこくと何度も頷いた。
「気の迷いじゃねえだろうな」
「は、はい」
「……あとからやっぱり嫌だっつっても聞かねぇぞ」
「言いませんよ、そんなこと」
阿含さんはまた暫く黙ったかと思うと、今度は私の手を引いて、自分の胸に抱き寄せた。
その、阿含さんとは思えないほど優しい包容にたじろく。振りほどこうと思えば簡単にそうできてしまいそうだ。………しないけど。
「逃げねぇんだな」
ふうむ。何だかわからないけど、阿含さんは私の気持ちが信じられないらしい。
私はそっと辺りに目をやって、人気がないことを確認してから彼の背中に手を回した。
「!!」
「………私の心臓のおと、きこえますか?」
私には阿含さんの心臓の音が聞こえる。
ばくばく、どくどく、私と同じくらい煩く騒いでいる。
阿含さんは、ああ、と頷くと、私の体を抱き締める力を強めた。
「っ、おい、カス」
「はい」
「信じられねぇほど嬉いんだが、……何だこれ。ふざけんな」
「え、えー……と」
「こんなん初めてだ、」
ぎゅうぎゅう、阿含さんの腕は私を抱きしめる。
そろそろ恥ずかしい。そして、苦しい。
「阿含さん……っくるしい」
「、悪ィ」
すぐに離れた阿含さん。
素直だな。
でも手は握られたままなのが、顔に似合わず可愛いだなんて思ってしまった。
「大事にしてやる」
「え、」
至極真顔な阿含さん。
「俺は女と真面目に付き合ったことねェから、何か気に食わなければ言え。……直せそうなら直す」
絶対直すと言わないあたり、阿含さんらしい。
私はくすっと笑って頷いた。
「私は阿含さんの付き合ってこられた方達より、きっとすごく真面目でお堅いですが、何か気に食わなければ言ってください。頑張って直します」
「バカか、テメェは今のままでいい」
「だったら、あなたもそのままで。」
阿含さんは驚いたように口をつぐみ、やがて、かなわねぇな、と口角をゆるめた。
穏やかな風が頬をかすめてゆく。
こんなに優しい阿含さんの顔は、初めて見たかも知れない。
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