「本当にすまない、俺の力不足だ」
理一が力なくそう言った。俺は返す言葉が見つからず、
「どうしてだ……源会長がどうして」
と、呟いていた。
ちょうどそのときインターフォンが鳴り響いた。俺はため息をつきながら、「来た。あとでまた話そう」と告げて電話を切った。
「回収されるのか?」
間髪いれず、立ち上がる俺に悟が聞いた。
「確実にな」
そうとしか、答えようがない。当然といえば当然だし、無慈悲といえば無慈悲だ。3人も俺に続いて玄関へ向かった。
玄関の覗き穴から、3人の男の顔が見える。ひとりはなんとなく見覚えがあったがどこで会ったか思い出せず、あとのふたりは完全に知らない顔だった。
俺がドアを開けると、真ん中に立っていた茶髪の男がずがずがと玄関に入ってきた。俺は押されるように後ずさり、男の顔を睨んだ。
「国営霊媒会社社長、萩野勇造だ。もう分かっているだろうが、武器の回収に来た」
茶髪の男、萩野は、俺に負けない目つきの悪さで俺を見上げながら鋭い響きの声で言った。真ん中分けの真っ直ぐな茶髪で、全ての髪が肩のあたりで同じ長さに切りそろえられている。そこだけ見ればチャラチャラしているが、精悍な顔つきのせいと喋り方のせいもあってか、堅い印象の男だ。歳もかなりいっているのだろう。
黒いスラックスに薄いブルーのワイシャツを腕まくり、そこに直接腕章をつけていて、ネクタイをしていない。所謂クールビズというやつだが、腰につけた重厚なガンベルトの所為で涼しげな印象は全く感じられない。後ろの二人も同じような格好をしていた。萩野はあまり大きくなく、右側にいる黒髪の男、切れ長の目をした薄い顔の男は俺と同じぐらい背が高く、痩せていた。左の男はダークレッドの髪に見覚えがあったが、思い出そうとするところまで気が回らなかった。
「源会長の命令なのか?」
俺は萩野にまず尋ねた。
「彼女の命も何も、初めから決まりは決まりだ。そっちが出した条件だろう、言い訳などさせない」
形式ばっているというよりは、高圧的で底意地の悪い言い方だった。
「下手をすれば多くの死者を出すぞ」
「安心しろ、俺たちは武装している。これは源会長の慈悲だ、ありがたく思いたまえ。我々に援護するように命じられた。まあ、言い方を変えればお前らを餌に逮捕を続けるというわけだ。文句はないな?」
有無を言わさぬ圧倒的な物言いに、俺も一瞬ひるんだが、静かに首を横に振って、
「それじゃこの国は変わらない」
と言った。
それを、萩野はフンと鼻で笑い、
「お前たちには変えられるとでも言いたいのか? 笑わせるな」
とはき捨てた。
「少なくともあんたたちは日本政府に従属してる、政府に媚を売らなきゃ生活が出来ない。個人霊媒師だけでこの革命軍が構成されてるのはそういうことだ。国が変わらなきゃ歴史は繰り返すんだ。それにお前らがこれまで何を努力した? 俺たちが動き始めるまで、見て見ぬふりの日本政府につき従って目をそむけてきたじゃねえか!」
俺がつい感情的になって怒鳴ると、萩野が即座にピストルを取り出した。俺の後ろから3人が萩野に刀を向ける。
「……なんだ、打てよ、何のつもりだ」
「ベラベラと無駄口を叩くな、時間の無駄だ。俺はお前とそんな馬鹿らしい議論をしにきたんじゃない。武装を解除させに来たんだ。武装しているうちに我々に逆らってみろ、撃つぞ」
萩野はそう言って、
「武器を全て回収しろ」
と、後ろにいるふたりに命じた。二人もピストルを構え、部屋にあがって武器を渡すように促した。
アイノコたちは、躊躇った。
「……いいから渡せ。ここで不毛な殺し合いでもする気か」
俺の言葉に、彼らはしぶしぶといった様子で武器を手渡したようだが、俺はまだ銃口を向けられたままだったので見えなかった。社員のふたりが階段を駆け上がっていく音がする。
「考えろ。お前らの馬鹿な革命には付き合いきれん」
萩野はそう言ってピストルをおろした。
「この国を変えたいなら、もっとマシなやり方にしろ。もっと国営やアイノコ協会を頼るべきなんじゃないのか? まあそれは勝手だが、」
何の前触れも、殺気も感じさせないままに、俺の腹に萩野の拳が勢いよくめり込んだ。
「アイノコ協会と国営を悪く言ってみろ、次はこれじゃ済まされないぞ」
まさか義務でやってきている社員の奴に殴られるなんて思ってもみなかった。完全に油断していたところに打ち込まれたのだから当然命中、俺は膝をついて咳き込んだ。
「お前ら早くしろ!」
萩野が2階に向かって怒鳴る。数秒置いて、武器をもともと入れてあったケースに詰めたふたりが駆け下りてきて、社員たちはさっさと出て行ってしまった。
「貞清、大丈夫か」
晋吾が、すぐそばにかがんで俺に声をかける。
痛みや怒り、それどころではなかった。彼らは痛くも痒くもないのだろうか? 国営の社員がアイノコ狩りの被害にあっていないとは限らない。そうでなくても、これだけの被害者を出しているアイノコ狩り騒動の数々だ、少なくとも自分の種族が大変な痛手を負っているというのだから、少しはどうにかしようという気はないのだろうか?
それとも、もう何度も抵抗し、既に疲れてしまったのだろうか。
国は恐ろしいほどに俺たちを無視してきた。アイノコが学を身につけ、権利を手にし始めたときから、ゴキブリのように煙たがり、邪険に扱い、まるでアイノコが政治に害悪をもたらすかのように排除してきた。そのことを考えると、国営のアイノコたちが奴隷のように酷使され、自分たちの生命を脅かすアイノコ狩りに対しては太刀打ちさえさせてもらえず、ただ日々の労働を、ただアイノコのことには目もくれない人間たちのためにやっていかなくてはならない状況に対して、彼らは幾度となく反抗しようとしてきたに違いない。奴はあんな態度を取ったが、日々暮らすための賃金より、今すぐにでも奪われかねない生命を守ることを、優先しないわけがない。恐怖に震え、憎しみと戦っているのは、俺たち革命軍も社員も同じではないのか。
俺はかすかに、同情して彼らが助けてくれることを期待していた。同じ気持ちであると信じたかったのだ。人間たちが振りかざす法を逃れて、手を取り合ってくれるのではないかと期待していた。それなのに、あろうことか、奴は俺に銃口を向けて脅し、そして不可解な暴力まで振るったのだ。
俺はあまりのやるせなさと痛みに眩暈を感じながら、よたよたと立ち上がって階段の手すりにしがみつくようにして昇っていった。
「……もしもし? 奴ら、帰った」
そしてソファに倒れこんでからすぐに理一に電話をかけた。
「俺も今急いで帰ってる。どうだった?」
「殴られた。萩野ってやつにだ、どうなってやがる、奴らはアイノコ狩りが憎くねーのか!」
なんだか言っているうちに泣けてきそうだった。混乱で胸が苦しかった。
「殴られた? どういうことだ」
「それはどうだっていいんだよ、」
俺はまた何度か咳き込んでから、
「やるせない、悔しい、この革命を、お前を、誰にも否定されたくないのに、同じアイノコにまで否定された」
と、喚いた。
「落ち着けよ、大丈夫か? 帰ったらすぐに源会長と話したことを報告する」
「あの人だって信じられるもんか!」
「サダ! 安心しろ、国営の人間は私情でそんなことしたんだ、会長はそんな人じゃない」
俺が何も答えないと分かると、理一は、
「俺が帰るまで大人しく寝てろ。あと、飯は食った」
そうぶっきらぼうに報告して電話を切った。
「……理一は何て?」
ソファの肘掛に腰掛けながら晋吾が静かな声で尋ねた。
「別に何も。帰ったら話すって」
俺は目をこすりながら答えた。悟が晋吾に目配せしたのを気配で感じた。二人は黙ったままそっと俺から離れて、ダイニングテーブルにひとりで座っている洋二のほうに向かっていった。
当然眠れるわけもなく、俺はしばらくして立ち上がってリビングから下に降りた。自分の部屋に入ると、まだ深雪が寝ていた。俺はドアのふちに手をかけて中を覗き込んだまま、彼女に声をかけた。
「深雪ー、朝だけど起きるかー?」
声が聞こえているのかいないのか、深雪はごろりと寝返りを打った。
「深雪ー」
「……起きてる」
「じゃあ上来て。あのな、武器回収された」
一度も目を開けずに会話していた深雪が急に起き上がって、両目を大きく見開いた。
「全部聞いてた」
「あっそう。これからどうするか話すから」
「分かった……」
深雪は既にうなだれていた。のそり、と起き上がっても顔をあげない。そのとき後ろでドアが開く音がして、理一が帰ってきた。
俺は部屋を出る。深雪がバタバタと俺のあとを追ってくる。
「ただいま。悟たちは?」
「いるよ、上に」
「深雪もいたのか」
理一は靴を脱ぎながら俺の背後の人影を捉えて言った。
「こいつは襲撃からずっといた」
俺が答えると、彼は軽く頷いて、階段を上っていった。彼の真後ろを上り始めたとき、小声で、
「お前が浮かれてるのはそういうわけか、ほどほどにしろよ」
と囁かれた。
「別に浮かれてなんかないけど、そう見えたのならすまんね」
俺はぶっきらぼうに返した。
リビングに入り、ダイニングテーブルを取り囲むと、俺、深雪、悟、晋吾、洋二に、理一は源会長との会話を説明し始めた。

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