「坂上くん、あなたが次にどんな指示を出そうとしていたか分からないけど、」
電話を切ったあと、間髪いれず笹川が理一に言った。凍りついた空気の中で、彼女の早口な淡々とした声を聞き、俺もひとまずは冷静でいるように努めたが、どうしようもない憤りが腹のそこからふつふつと湧き上がってくるのは止められなかった。
「この混乱の中でここにもアイノコ狩りが襲来する危険性が高いって。だって遊園地を狙ったのにこんな遅い時間って、ちょっと不自然よね、きっとあなたたちを動揺させるための策略だと思うわ。遊園地のほうは、もうどんどん逮捕が進んでるから大丈夫だそうよ。ここになるべく人を集めて待機することをお勧めする」
「それが賢明ですね、そうしましょう」
理一は真っ青な顔をしていたが、笹川に深く頷いてそう答え、そして俺に、
「サダ、手当たり次第連絡をまわしてここに集合させろ」
と命じた。
「了解」
俺が携帯を取り出すよりも早く、理一は走って部屋を出て行こうとした。
「坂上くん」
それを、笹川が呼び止める。
「国営もバタバタしてるの、涼子ちゃん、今、南に預けられたらいいんだけど、あの人もずっと家を空けてるし、ちょっと危険だわ」
「大丈夫です、今日のところは上で静かに待ってろって、説得してきますから」
「待て、分かった、俺にいい考えがある」
と、祐。
「今から俺が涼子ちゃんを俺ん家に置いてくるよ。壱火がいるから安心でしょ、しかも、そういう任務を与えとかないとあいつまた来るとか言いそうだし、でも昨日の今日で疲れてるから無茶させたくないんだ。お兄さん、いいかな」
「壱火くんがいるなら安心です、お願いします」
理一はそう答えたもののどこか不安そうで、というか預ける相手が誰であれ、彼自身が一番、妹と離れるのが嫌で仕方ないだけだろう。
祐は涼子を連れて出て行き、笹川はまたどこかに電話をかけ始めた。理一は報道を食い入るように見つめている。俺は笹川と声がかぶるので廊下に出て電話を続けたが、俺の連絡を待たずに、テレビを見てここに駆け込んできた連中がどんどんやってきた。2階の廊下からは吹き抜けで玄関がよく見える。そのなかに、深雪もいた。
「来たのかよ、学校行ったんだろ、学生組は別によかったのに」
「テレビ見てたらいても立ってもいられなくなっちゃって。しかも、今朝は深夜から起きてて貞清に会いに来てたから眠くて眠くて、帰ってきてから死ぬほど寝たから平気」
深雪はそう言うわりに落ち着いていて、その横顔が初めて頼もしく見えた。落ち着きなく歩き回っている奴らもたくさんいるが、今のところアイノコ狩りは訪れない。
俺は少しだけ、このまま俺たちの読みが外れて襲来がなければいいのにと願っていた。確かに早く功績をあげたいし逮捕もしてしまいたいが、今の俺たちはあまりに感情的になりすぎている。
「急な召集で悪かった。昨日のアイノコ狩り襲来はたったの3人、しかも一瞬で捕らえた。今日は大人数でかかってくるだろう。心してかかれ」
理一がテーブルの上に立って喋り始めた。最初の報道を見てから、45分ほどが経過したときだった。せわしなく動き回り、喋っていた革命軍の面々は、やはり彼の声にいっせいに黙り込んでその顔に注目する。
「報道を見て殺気立っている者も多いようだし、気持ちも分かるが、我々がやろうとしているのは復讐ではない。何度も繰り返してきたが、絶対に殺さないこと。これは自分との戦いだ、恐ろしく熾烈な戦いだ。気を強く持て、ひとりでも崩れたら終わりだと思って欲しい。ひとりも殺してはいけないし、ひとりも死んではいけない。正義と我々の未来のために戦おう!」
理一の言葉に呼応し、軍隊がいっせいに刀を持った拳を突き上げ、雄叫びをあげた。
そうして盛り上げられれば憤りも少しは消え、負のエネルギーは正しいものへと変化する。俺たちは簡単だった。しかし理一がどんな思いで「殺すな」という言葉を搾り出しているのか考えただけで胸が痛かった。そして、この先どうなってしまうか恐ろしかった。
士気が高まってから数分後、ついにアイノコ狩りは襲来した。ああ、本当に来てしまった、と絶望したが、うなだれている暇はなく、俺は先頭を切って階段を駆け下りて斬り込んだ。何段飛んだか分からないが、高いところから落ちる重力が加算されて真剣の刃は鋭く振り下ろされ、アイノコ狩りは散り散りになった。ざっと数えて、約20人。散ったところを俺の後ろから来たアイノコたちが少しの斬り合いののちにすぐ敵方を拘束する。俺に襲い掛かってきたアイノコ狩りが数人。階段で斬り合いになれば突き落としてすぐ勝負をつけられるが、打ち所が悪くて死なれても困るとぐっと堪え、俺は階段を駆け上ってリビングへ誘導した。リビングに残っていた数人のアイノコがこれにすぐ襲い掛かり、俺もひとり拘束した。外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。何もかも順調に進んでいる、また大手柄だ、と俺が安心しかけたそのとき、
「ぐあああああああああああああああ!!!!!!」
下から、男の物凄い叫び声が聞こえてきた。リビングにいた俺と理一、祐、そのほか3人のアイノコがいっせいにリビングを出た。
玄関から廊下、階段にはうなりながら転がっている者や、手すりに縛り付けられている者など、すでに成敗されたアイノコ狩りが転がっており、その間にアイノコたちと、まだやられていないアイノコ狩りたちが戦いもせず佇んでいた。その誰しもが、玄関付近に立っているひとりに注目し、言葉を失っていた。
「ちっ、違う、これは、これは事故だ! 違うんだ、信じてくれ!」
千景――あの日の理一の演説で、“咎なくて死す”と即答したあのアイノコだ――が、真っ赤な血を全身に浴びて立っていた。足元には、転がっているアイノコ狩り。そして彼の真後ろでは深雪がまた別のアイノコ狩りに馬乗りになって切っ先を喉元に向けて脅していた。
彼は降りてきた理一の顔を見ると刀を捨てて走りより、崩れ落ちてその足にすがりついた。
「理一さん! 許してください、違うんです、挟み撃ちにされて、殺されかけて、仕方なかったんです」
彼は泣きながらそう訴えた。
「あたし、見てた。その人脚を刺されて、殺してなかったら殺されてたよ」
深雪が言った。確かに状況は見てとれた。理一は黙っていた。しかし、千景が何か言おうと口を開きかけたと同時に、
「同志を殺したぞ!! これで革命軍に振りかざす正義もへったくれもない!」
と、ひとりのアイノコ狩りが叫び、まだ動ける数人のアイノコ狩りたちがまたも襲い掛かり始めた。革命軍も必死に対応するが、先ほどの惨劇を目にしたばかりに自分も敵方を殺してしまわないかと恐れてだいぶ引け腰になっているようだった。それは俺も同じことで、そのあとの戦闘で人間相手に頬を軽く切りつけられてしまった。俺たちは少しばかり手こずりながらも、やっとのことでアイノコ狩りを全員拘束した。
刑事や警察官たちが乗り込んできて、アイノコ狩りを全員パトカーに引きずっていく。それと同時進行で、死んでいるひとりを捜査員たちが取り囲んでいた。
昨夜、理一と言葉を交わしていたあの刑事が、昨日とは一変して厳しい表情で声を荒げた。
「誰が殺った? 正直に直ちに名乗り出ないと全員しょっぴくぞ」
「彼です、が正当防衛です」
理一があまりにもすんなりそれを指し示したので、千景は震え上がった。女のアイノコに、脚に包帯を巻いてもらっている最中だったが、彼は立ち上がって、
「殺意はありませんでした、脚を刺されて、もう殺される、と思ったんです、それで、反撃したら、致命傷を与えてしまいました」
と、声を震わせながら刑事に弁解した。
「言い訳は署で聞くよ」
「待ってください、あんまりに理不尽でしょう、正当防衛です」
理一が声を張った。刑事は舌打ちする。
「馬鹿言ってんじゃないよ、これは最初からの約束だろ。武器持ってる時点でホントだったら違法なんだ。たかが出来損ないの集まりの癖に、調子に乗るな。まあ、最初からこんなこったろうと思ってたさ。すぐに武装も没収だろうね」
刑事は薄く笑って踵を返し、その後を追うようにふたりの警察官が、千景に手錠をかけて両脇から取り押さえて連れて行った。彼が抵抗して荒げた声がどんどん遠くなっていき、ついには聞こえなくなる。
アイノコ狩りも警察も去った。
あとに残った革命軍は、皆一様に口を閉ざして俯いている。
最悪だ。
こんなに早く崩れるとは思わなかった。
何もかも上手くいく気がしていた。
沈黙の中、ガンッと乱暴な音が響き、そちらに目をやると、理一がダイニングテーブルの椅子を蹴り倒した音だった。
「くそったれが」
彼はそう呟いて足早に部屋を出て行ったきり、姿を見せなかった。

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